部長と私の秘め事
「今後、風磨とは良好な関係を結んでいきたいし、亮平さんにも同じ思いを抱いている。男同士の話をする事で、朱里や子供を助けられるかもしれないしな」

 私はコクコクと頷き、尊さんのパーカーに涙を落とす。

「不愉快な事があった時、怒ってすぐに関係を断つのは簡単だ。今まで沢山のものを怜香に壊されたから、破壊の恐ろしさ、たやすさは誰よりも分かってる。……だから俺は、創り、繋げていく人間になりたい」

 尊さんの強さの根幹を知り、私は心を震わせた。

「仕事だって横の繋がりがものを言うだろ? どれだけいけ好かない取引相手でも、味方につければこっちのもんだ。相手のウィークポイントを見つけても攻撃せず、カバーして喜ぶポイントを褒める。ただし、舐められないように。そうしたら相手は信頼してくれる」

 私はゆっくり顔を上げ、ジッと尊さんの顔を見る。

「ん?」

「……凄いんだけど……、敵に回したくない」

「ははっ」

 私の言葉を聞き、尊さんはクシャッと破顔した。

「時代と共に戦い方は変わってるんだよ。攻撃して叩き潰せば恨みが残る。そしていつか油断した時に、内側から崩される。……怜香みたいにな」

 実例を挙げられ、私は「ああ~……」と物凄く納得した。

「言っちまえば、人生は戦略ゲームだ。色んなイベントが起こるけど、いかに味方を増やして挑むか。そのために日々どう研鑽を積み、自分を磨くか」

 その言葉を聞き、いつだったか尊さんが『自分の人生を生きるのに精一杯なんだよ』って言っていたのを思い出した。

 彼はつらい思いをしたからこそ、努力して自分を高めて幸せになると誓ったんだ。

「優しさや恩はフワッと心に残る。でも恨みや悔しさは強烈にこびりつく。同じ過ちを繰り返さないように、本能的に学習するためだ」

「確かに」

 私も、嫌な事は凄く引きずってしまう。

「自分勝手で攻撃的な生き方をすれば、いつか誰かに恨まれて破滅する。そんな可能性は最初から作らなきゃいい。体調を崩したり、事故や天災に遭うのだけはどうにもなんねぇ。なら他のネガティブな要素は、自分で気をつけておく。普段から物腰柔らかに、人を大切にして生きれば面倒を背負う確率が減るし、いざという時に誰かが助けてくれる。そのためにも、自分の感情をコントロールする術を身につけておく」

「はぁー……。……凄い……」

 私はポケーッとして呟く。

「私、分かっていても多分できないなぁ。きっとすぐにキレちゃう」

「ま、そのほうが心の健康にはいいと思うぜ。俺、すっげぇ我慢してるもん」

 尊さんはカラッと笑い、私も「ですよね~!」と脱力する。

「あんまり我慢しすぎると病むし、うまく息抜きできねぇ奴は参っちまう。だから感情をハッキリ表す事は、心の健康のためにいいと思う。ガキみてぇに我慢しねぇ奴は、それはそれで問題があるけど」

「私の前では、喜怒哀楽を表していいですからね? 我慢されたらやです」

「ん、分かってる。俺、朱里には結構甘えて感情を露わにできてると思うよ」

「……ならいいんですが……」

 そこまで聞くと、彼のストレス発散法が気になった。

「尊さんの息抜きって? ドライブとか?」

「うん、それもあるな。夜に好きな曲を流して車走らせてると、ちょっと落ち着く」

「あとは? 美味しい物?」

「それもあるけど……。〝あれ〟とかダンスとか」

「え?」

 尊さんが指さした先には、グランドピアノが置かれてある部屋がある。

 それについては「なるほど!」と思ったけど……。

「ダンス? ブレイキンとかやるの? オリンピック出ます?」

「や、そっちじゃない。んー、長期休みにフラフラ海外に行く癖があるんだ。スペインのタブラオに行ってフラメンコ見て、その辺のおっさんやマダムと一緒に踊ったり。南米行ってアルゼンチンタンゴ、イギリスついでにアイルランド行ってアイリッシュダンス。あとは適当にどこの国でもミュージックバーに入ったら、その辺の人と踊ってたな。そのツテでこっちの教室の先生と知り合ったりとか。最初からうまくは踊れねぇから、滞在しつつ習うんだよ。……ま、俺がやってるのはストレス発散の真似事だけど」

「へええ……」

 あまりに意外すぎて、私は目をまん丸にして、ついでに口まで開いてしまう。

「あとは、エレクトロスウィング、なかなかクールだぜ」

 尊さんはそういうと、スマホの検索欄で〝スヴェン・オッテン〟と打ち、動画を見せてくれる。

 すると軽快なリズムに乗って、スーツにハット姿の男性が軽やかなステップで踊っている動画が流れ始めた。

「なにこれ~! めっちゃカッコイイ!」

 私はスマホの画面を覗き込んで興奮する。

「えー? 重さがないみたい。魔法のステップ! 尊さんできるの?」

「ん? だから真似事な」

「見たい見たい! お願い!」

 私はパンッと両手を合わせてお願いする。

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