部長と私の秘め事
「しゃーねぇなぁ……。下に響いたらアレだから、フワッとな」

「やった!」

 喜ぶ私を見て尊さんはクスッと笑い、スマホを操作してブルートゥースで音楽を流し始めた。

 曲調としては昔に流行ったダンスミュージックを、今風にアレンジした感じだ。

 リビングの広いところに立った尊さんは、音楽を聴きながら目を閉じて体を揺らし、タイミングのいいところで足を動かし始めた。

「わあ……」

 階下に響かないように力を入れないようにしているけれど、つま先と踵とを軸にうまく動かし、滑らかなステップを踏んでいる。

 彼の表情を見るととてもリラックスしていて、音楽を聴いて楽しみ、自然に体を動かしている。

 その姿を見て、シンプルに「格好いい」と思うと同時に、自分の知らない尊さんがいると思った。

(まだまだ、私の知らない面があるのかな。海外に行ってた時、誰とどんなふうに過ごしていたんだろう)

 尊さんがとても遠いところにいるように思えて、寂しさと置いてかれそうな感覚を得た私は、思わず立ちあがって心細そうに彼を見てしまった。

 すると尊さんは微笑んで私に手を伸ばしてきた。

「来いよ、朱里。一緒に踊ろうぜ」

「え……。わ、私、踊れないです……」

 踊りなんて、小学生の時にソーラン節を踊った事があるだけだ。それももう、ほぼ忘れている。

「いいから、おいで」

 うう……、優しく笑っての『おいで』の破壊力が……凄い……。

 歩み寄っていくと、尊さんは私を後ろから抱き締めるようにして、目元を手で覆ってきた。

「余計な事は考えないで、音を聴いて体をゆだねて。気持ちよく感じてきたら、音に合わせて体を揺らすだけ」

 まるで催眠術のような声を聞き、彼の温もりに包まれてそのリズムを感じているうちに、私も自然と体を動かしていた。

 目元が解放されたかと思うと、正面に立った尊さんが私の手をとる。

「さっきのステップは忘れていい。朱里の好きなように動いて。俺が合わせて踊らせる」

『踊らせる』って、も~!

 私は内心、彼の何気ない言葉に悶えた。

 忘れていいと言われたけれど、まな裏には尊さんの綺麗なステップが刻まれていた。

(こう……だっけ)

 キュッキュッとつま先を軸に足をハの字に動かすと、尊さんがニヤッと笑い同じように動く。

(彼は失敗しても笑わない)

 その信頼感があるから、私はリラックスして踊る事ができた。

 やがて私たちは笑い合いながら自然にステップを踏み、時にハイタッチし、体をドンとぶつけ合う。

 尊さんに片手をとられた私は、気取ったステップを踏みながらゆっくりと彼の周りを一周する。

 両手を繋いで大きく体を揺らすように動いたかと思うと、グッと腕を惹かれて彼に抱き締められ、「あはは!」と笑ってフィニッシュした。

「OK! いいステップだった。お前に〝神の踊り手〟の称号をつかわそう」

「やったー!」

 私たちは屈託なく笑い、抱き締め合う。

 それからまたソファに座り、ぬるくなったコーヒーを飲んだ。

「踊るの、好きなんですか?」

「んー、そうだな……。答えまでの前置きが長くなるけど、海外に行った時、まずは観光地を見て、その次は街の人が贔屓にしてる店で、その土地の空気を感じたいって思うんだ」

 脚を組んだ尊さんは、遠くを見る目で微笑む。

 きっと、私が行った事のない異国の街並みを思い出しているんだろうか。

「英語は話せるとして、他の言語は日常会話、挨拶程度かな。でもその国の言葉を使うと、とても喜んでくれる。日本人だって、外国人がカタコトでも日本語を話したら嬉しくなるだろ?」

「はい」

「あとは、現地のバルとかで同じもんを食って、同じ酒を飲んでると自然と話せる事もある。で、うまく盛り上がったら、観光の穴場を教えてもらうかな」

「へええ……。凄いですね。海外旅行の通みたい」

「男一人だから何とかなってるところは割とあるかも。女性が個人旅行してない訳じゃないけど、慣れてないなら経験者と行くか、ツアーのほうがいいかな」

「……私が海外行く時は、尊さんも一緒に行ってくれるんでしょ?」

 尋ねると、彼はクシャッと笑う。

「勿論。〝速水の歩き方〟で良ければ」

「んふふ!」

 有名ガイドブックになぞらえて言われ、私は思わず笑う。

 それから、気になっていた事を聞く。

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