部長と私の秘め事
思い上がりでなく恵がまだ私を想ってくれているなら、デリケートな話題だからこそ、あまり口にしたくなかった。
私はなんと言ったらいいか分からず、言葉を選ぼうとする。
困った顔をしていたからか、恵は諦めたように苦笑いした。
「速水部長と何かあった? ……篠宮さんから、私の事を聞いた?」
その、今にも脆く崩れ去りそうな表情を見て、私はとっさに両手で恵の手を握った。
「……行かないで」
そんな言葉が漏れたのは、今日の話し合いが終わったあと、恵が私の前から姿を消してしまいそうな感覚が襲ってきたからだ。
「どこにも行かないよ。私は朱里の側にいたいんだから」
恵は優しい声で言い、私の頭を撫でる。
「…………っ」
なんと言ったらいいか分からなくなった私は、彼女を見つめたままポロッと涙を零した。
「もー、泣かないでよ。……っていうか、謝らないといけないのは、私のほうなんだから……」
恵は溜め息混じりに言い、私の手をポンポンと叩く。
「部長からどんな事を聞いた?」
改めて尋ねられ、私は覚悟を決めて答える。
「……多分、全部」
涙で潤んだ目で彼女を見つめると、恵は私をしっかり見つめ返したまま頷いた。
そして、今にも泣きそうな顔で謝る。
「……ごめんね」
「…………っ」
彼女の謝罪を、私はブンブンと顔を左右に振って否定する。
「謝らないで……」
でも私の懇願を、今度は恵が否定する。
「私は友達として、やってはいけない事をした。篠宮さんが朱里を守りたい、あんたの事が知りたいと言ったとしても、第三者に友達の情報を横流ししたり、動画を撮って送るなんてしたら駄目だった」
私は二人の事情を知っているし、恵はたった一人の親友だ。
だから許せているし、流れ上仕方のない事だと思っている。
「……確かに『言ってくれたら良かったのに』とは思ったけど、恵が思ってるほど深刻に捉えてないよ。だって恵からの報告があったから、尊さんは絶望の中にあっても慰めを見つけられたんだと思うし」
恵が尊さんの事情をどれだけ知っているかは分からないけれど、私はほんのりと概要を話す。
彼女は私を見て、小さく笑った。
「……プライベートでは〝尊さん〟って呼んでるんだ」
「……うん」
その時、シーザーサラダが運ばれてきて、私は気分転換のために「食べよ」と言って取り皿に取り分けた。
「いつから知ってた? だいぶ前?」
「ううん。一月六日。つい最近だよ」
素直に答えると、恵は意外そうに目を丸くした。
「……それまで何も聞いてなかった?」
「うん。……尊さんと付き合い始めたのが十二月の頭ぐらいで、それから一か月、彼は恵が関わってる事をまったく教えてこなかった。恵の事を知ったのは、彼の過去に絡んでいたから。それも、結婚を考えると尊さんのご家族について知らなきゃいけなくて、彼の過去の話を聞く事になった。……その流れの一部だったの」
「そっか……」
恵は静かに溜め息をつき、とりあえずサラダを口に入れて咀嚼する。
「私が関わってるって知った時、どう思った?」
「うーん……、メインで聞いていたのが尊さんの過去の話だったから、『あっ、そこで恵に声をかけたんだ』って彼の考えや行動に納得した感じかな。……私、SNSの使い方がかなり無防備だったみたいだし」
「あれはね……」
恵は思いだしてうんうんと頷き、私は「反省してます」と小さく挙手した。
「きっかけを知ったあとは、二人の感情や動機を理解できたから、すんなり受け入れられた。尊さんも恵も私の大好きな人だから、何をされたとしても、ちゃんとした理由があるなら私は怒らない」
「……朱里のそういうところ、好きだし尊敬してるよ」
恵はなぜか悲しそうに言う。
「十二月の頭からか……。……なんか『変わったな』って思ってたんだよね。明るくなったし、自分の感情を表すようになった。以前より笑う回数が増えて、もっと魅力的になった」
「そうかな。……褒めてくれてありがとう」
お礼を言うと、恵はグラスに残っていたビールを一気に飲み干し、荒っぽく息を吐いて自嘲気味に笑った。
私はなんと言ったらいいか分からず、言葉を選ぼうとする。
困った顔をしていたからか、恵は諦めたように苦笑いした。
「速水部長と何かあった? ……篠宮さんから、私の事を聞いた?」
その、今にも脆く崩れ去りそうな表情を見て、私はとっさに両手で恵の手を握った。
「……行かないで」
そんな言葉が漏れたのは、今日の話し合いが終わったあと、恵が私の前から姿を消してしまいそうな感覚が襲ってきたからだ。
「どこにも行かないよ。私は朱里の側にいたいんだから」
恵は優しい声で言い、私の頭を撫でる。
「…………っ」
なんと言ったらいいか分からなくなった私は、彼女を見つめたままポロッと涙を零した。
「もー、泣かないでよ。……っていうか、謝らないといけないのは、私のほうなんだから……」
恵は溜め息混じりに言い、私の手をポンポンと叩く。
「部長からどんな事を聞いた?」
改めて尋ねられ、私は覚悟を決めて答える。
「……多分、全部」
涙で潤んだ目で彼女を見つめると、恵は私をしっかり見つめ返したまま頷いた。
そして、今にも泣きそうな顔で謝る。
「……ごめんね」
「…………っ」
彼女の謝罪を、私はブンブンと顔を左右に振って否定する。
「謝らないで……」
でも私の懇願を、今度は恵が否定する。
「私は友達として、やってはいけない事をした。篠宮さんが朱里を守りたい、あんたの事が知りたいと言ったとしても、第三者に友達の情報を横流ししたり、動画を撮って送るなんてしたら駄目だった」
私は二人の事情を知っているし、恵はたった一人の親友だ。
だから許せているし、流れ上仕方のない事だと思っている。
「……確かに『言ってくれたら良かったのに』とは思ったけど、恵が思ってるほど深刻に捉えてないよ。だって恵からの報告があったから、尊さんは絶望の中にあっても慰めを見つけられたんだと思うし」
恵が尊さんの事情をどれだけ知っているかは分からないけれど、私はほんのりと概要を話す。
彼女は私を見て、小さく笑った。
「……プライベートでは〝尊さん〟って呼んでるんだ」
「……うん」
その時、シーザーサラダが運ばれてきて、私は気分転換のために「食べよ」と言って取り皿に取り分けた。
「いつから知ってた? だいぶ前?」
「ううん。一月六日。つい最近だよ」
素直に答えると、恵は意外そうに目を丸くした。
「……それまで何も聞いてなかった?」
「うん。……尊さんと付き合い始めたのが十二月の頭ぐらいで、それから一か月、彼は恵が関わってる事をまったく教えてこなかった。恵の事を知ったのは、彼の過去に絡んでいたから。それも、結婚を考えると尊さんのご家族について知らなきゃいけなくて、彼の過去の話を聞く事になった。……その流れの一部だったの」
「そっか……」
恵は静かに溜め息をつき、とりあえずサラダを口に入れて咀嚼する。
「私が関わってるって知った時、どう思った?」
「うーん……、メインで聞いていたのが尊さんの過去の話だったから、『あっ、そこで恵に声をかけたんだ』って彼の考えや行動に納得した感じかな。……私、SNSの使い方がかなり無防備だったみたいだし」
「あれはね……」
恵は思いだしてうんうんと頷き、私は「反省してます」と小さく挙手した。
「きっかけを知ったあとは、二人の感情や動機を理解できたから、すんなり受け入れられた。尊さんも恵も私の大好きな人だから、何をされたとしても、ちゃんとした理由があるなら私は怒らない」
「……朱里のそういうところ、好きだし尊敬してるよ」
恵はなぜか悲しそうに言う。
「十二月の頭からか……。……なんか『変わったな』って思ってたんだよね。明るくなったし、自分の感情を表すようになった。以前より笑う回数が増えて、もっと魅力的になった」
「そうかな。……褒めてくれてありがとう」
お礼を言うと、恵はグラスに残っていたビールを一気に飲み干し、荒っぽく息を吐いて自嘲気味に笑った。