部長と私の秘め事
「私じゃ無理だった。……私は朱里との関係が悪化するのを怖れて現状維持を望んだ。変わる事を望まず、つかず離れず〝親友〟であり続けた。……でも篠宮さんは朱里とろくに話してなかったし、むしろ部長として再会してからは嫌われていたのに、今は朱里の大切な人になってる。……篠宮さんとメッセージした時も、たまに会った時も、『この人の想いの強さは尋常じゃない』って凄く伝わってきた。彼は私みたいにビクビクしていないし、傷付く事を怖れていない。時間が経つにつれて、彼がどんどん朱里にのめり込んでいくのが分かった」
苦しそうに言う恵の感情の正体を悟った私は、そっと息を吐いた。
「……私は何もかも篠宮さんに負けてた。彼の存在が怖くなってたまに意地悪をしたけど、いつも飄々としてるから焦ってるかどうかも分からなくて、……悔しかった」
そこまで言い、恵は潤んだ目で見つめてきた。
「朱里って田村と付き合っても、あいつに夢中にならなかったでしょ? 別れたあとは少し荒れたけど、本当に好きだったからじゃなくて、ずっと一緒にいた人を失ったからだと思う」
「……うん」
ズバリと言い当てられ、私は頷く。
「本当は篠宮さんをずっと想ってた? 自殺未遂した事は教えてくれなかったけど、朱里はきっと〝恩人〟を想い続けていたんだよね?」
「……そうだよ。尊さんは私を救ってくれた時に〝忍〟って名乗った。本名かは分からないと当時も思ったけど、いつか彼に会ってお礼を言って、十年後に会っても結婚相手がいなかったら私が……って、夢見ていた」
私はおしぼりで何とはなしに手を拭き、視線を落として微笑む。
「死にたい気持ちはなくなったけど、代わりに私はずっと〝忍〟を想い続けた。どこに行けば会えるか分からないのに、『今頃あの人はどうしているんだろう?』って思って、空想の恋人に嫉妬してた。……だから私は目の前にいる昭人に真剣になれなかった」
溜め息をついた私は、元彼に申し訳なさを感じる。
「昭人のいい所、悪い所、色々あったはずなのに、私は何一つ向き合わなかった。『そういう所好き』と言わなかったし『そういう所嫌だから、直してほしい』とも言わなかった。長く付き合って〝自分の男〟って思っていたくせに、私は昭人に無関心だった。その代わり、脳内の〝忍〟はどんどん理想化していった。だから目の前の昭人に何も求めなかったんだと思う」
打ち明けると、恵は何度か頷いた。
「今なら分かるよ。私から見ても田村はあまりいい所がなかったし、朱里に釣り合っていると思えなかった。……でも今は、篠宮さんと運命の再会を果たせて良かったね。……彼は田村とも私とも想いの強さが違うもん。私も田村も、篠宮さんみたいに朱里を愛せないし、笑わせられない」
「っ~~~~……っ」
自嘲めいた言葉を聞いて堪らなくなった私は、立ちあがって恵を抱き締めた。
「……そんな事言わないで……」
そう言ったけれど、あとはどう続けたらいいか分からなくなった。
恵の気持ちは分かっていたはずだ。
分かっていながら、私は彼女が何も言わないのをいい事に、目を背け続けてきた。
今、彼女が『現状維持を望んだ』と言ったように、私も恵と友達のままでいたかった。
毎日恵と親友として接しながら、チラッと「まだ私の事を恋愛的に好きなのかな」と考えては、悩みたくなくて心の奥へ押し込んだ。
……今、そのツケがきたんだ。
謝らないと、と思った時、恵は私の体を離させた。
「……ごめん。感情的になった。朱里を困らせたかったわけじゃないんだ。……座って」
言われて、私はノロノロと席に戻る。
いつもなら親友と楽しく談笑し、美味しいご飯に舌鼓を打っていた。
なのに今は、店内に流れるBGMや客の談笑がどこか遠く聞こえる。
恵は努めて笑顔で言葉を続けた。
「私の幸せは朱里が幸せになる事。出会った当初、あんたはお父さんの死や新しい家族との不和で、いつも浮かない顔をしていた。田村と付き合っても幸せオーラは出ないし、いつも何かを求め続けている雰囲気があった。……でも今はそれを感じない。『篠宮さんが朱里が求めていたものを、すべて満たしたんだな』って分かった」
そう見えていたと思わず、私は唇を引き結ぶ。
「嬉しいよ、『おめでとう』って言いたい。ずっと『朱里は幸せなのかな?』って気にしていたけど、篠宮さんと付き合い始めた頃から『楽しそうだな、生き生きしてる』って感じた」
そこまで言ったあと、恵は取り皿に置いてあるフォークの柄に触れ、言葉を探すようにテーブルの上を見る。
そのあと、微かに震える声で続きを口にした。
「……私、朱里が本当に好きになる相手を見つけたら、『私なんて必要なくなるのかな』って不安だった。……朱里に幸せになってほしいのに、朱里に好きな人ができなければいいと思っていた。……むしろ、ポンコツ田村が彼氏で丁度良かった」
『必要なくなる』と聞いて、私は眉を寄せ首を横に振る。
でも私が何か言うより前に、恵は手を突き出して私を制した。
苦しそうに言う恵の感情の正体を悟った私は、そっと息を吐いた。
「……私は何もかも篠宮さんに負けてた。彼の存在が怖くなってたまに意地悪をしたけど、いつも飄々としてるから焦ってるかどうかも分からなくて、……悔しかった」
そこまで言い、恵は潤んだ目で見つめてきた。
「朱里って田村と付き合っても、あいつに夢中にならなかったでしょ? 別れたあとは少し荒れたけど、本当に好きだったからじゃなくて、ずっと一緒にいた人を失ったからだと思う」
「……うん」
ズバリと言い当てられ、私は頷く。
「本当は篠宮さんをずっと想ってた? 自殺未遂した事は教えてくれなかったけど、朱里はきっと〝恩人〟を想い続けていたんだよね?」
「……そうだよ。尊さんは私を救ってくれた時に〝忍〟って名乗った。本名かは分からないと当時も思ったけど、いつか彼に会ってお礼を言って、十年後に会っても結婚相手がいなかったら私が……って、夢見ていた」
私はおしぼりで何とはなしに手を拭き、視線を落として微笑む。
「死にたい気持ちはなくなったけど、代わりに私はずっと〝忍〟を想い続けた。どこに行けば会えるか分からないのに、『今頃あの人はどうしているんだろう?』って思って、空想の恋人に嫉妬してた。……だから私は目の前にいる昭人に真剣になれなかった」
溜め息をついた私は、元彼に申し訳なさを感じる。
「昭人のいい所、悪い所、色々あったはずなのに、私は何一つ向き合わなかった。『そういう所好き』と言わなかったし『そういう所嫌だから、直してほしい』とも言わなかった。長く付き合って〝自分の男〟って思っていたくせに、私は昭人に無関心だった。その代わり、脳内の〝忍〟はどんどん理想化していった。だから目の前の昭人に何も求めなかったんだと思う」
打ち明けると、恵は何度か頷いた。
「今なら分かるよ。私から見ても田村はあまりいい所がなかったし、朱里に釣り合っていると思えなかった。……でも今は、篠宮さんと運命の再会を果たせて良かったね。……彼は田村とも私とも想いの強さが違うもん。私も田村も、篠宮さんみたいに朱里を愛せないし、笑わせられない」
「っ~~~~……っ」
自嘲めいた言葉を聞いて堪らなくなった私は、立ちあがって恵を抱き締めた。
「……そんな事言わないで……」
そう言ったけれど、あとはどう続けたらいいか分からなくなった。
恵の気持ちは分かっていたはずだ。
分かっていながら、私は彼女が何も言わないのをいい事に、目を背け続けてきた。
今、彼女が『現状維持を望んだ』と言ったように、私も恵と友達のままでいたかった。
毎日恵と親友として接しながら、チラッと「まだ私の事を恋愛的に好きなのかな」と考えては、悩みたくなくて心の奥へ押し込んだ。
……今、そのツケがきたんだ。
謝らないと、と思った時、恵は私の体を離させた。
「……ごめん。感情的になった。朱里を困らせたかったわけじゃないんだ。……座って」
言われて、私はノロノロと席に戻る。
いつもなら親友と楽しく談笑し、美味しいご飯に舌鼓を打っていた。
なのに今は、店内に流れるBGMや客の談笑がどこか遠く聞こえる。
恵は努めて笑顔で言葉を続けた。
「私の幸せは朱里が幸せになる事。出会った当初、あんたはお父さんの死や新しい家族との不和で、いつも浮かない顔をしていた。田村と付き合っても幸せオーラは出ないし、いつも何かを求め続けている雰囲気があった。……でも今はそれを感じない。『篠宮さんが朱里が求めていたものを、すべて満たしたんだな』って分かった」
そう見えていたと思わず、私は唇を引き結ぶ。
「嬉しいよ、『おめでとう』って言いたい。ずっと『朱里は幸せなのかな?』って気にしていたけど、篠宮さんと付き合い始めた頃から『楽しそうだな、生き生きしてる』って感じた」
そこまで言ったあと、恵は取り皿に置いてあるフォークの柄に触れ、言葉を探すようにテーブルの上を見る。
そのあと、微かに震える声で続きを口にした。
「……私、朱里が本当に好きになる相手を見つけたら、『私なんて必要なくなるのかな』って不安だった。……朱里に幸せになってほしいのに、朱里に好きな人ができなければいいと思っていた。……むしろ、ポンコツ田村が彼氏で丁度良かった」
『必要なくなる』と聞いて、私は眉を寄せ首を横に振る。
でも私が何か言うより前に、恵は手を突き出して私を制した。