部長と私の秘め事
「違う。……そうじゃないの。最後まで聞いて」
どうやら早まった結論を出しかけていたらしく、私はコクコクと頷く。
恵は一つ溜め息をついたあと、ドリンクメニューに手を伸ばして二杯目を吟味し始めながら言った。
「側から消えるとか、友達をやめるっていう意味じゃない。私は強欲だから、朱里に拒絶されない限り、ずっと側にいたい」
それを聞き、私は小さく胸を撫で下ろした。
「……ただ、朱里は結婚したいだろうし、私も年齢的に次のステージに上がらないといけない。でも、自分が独身バリキャリになるイメージって、あんまり湧かないんだ」
恵は私の遙か後ろを見て言った。
「朱里は自分の人生を歩んでいるのに、私が『ずっと親友でいたい』と停滞しているのは駄目だと思ってる。……今、私が寂しさを感じてるのは、プチ失恋を味わったのもあるけど、独身生活の楽しさから卒業しなきゃならないからだと思う」
私は彼女の言葉を聞いて、少しずつ恵の抱えていた想いを理解していった。
「今までは『朱里が側にいるなら何でもいいや』って、何についても深く考えなかった。でも朱里がいずれ母親になるなら、私も同じ立場になりたい。結婚して、友達同士の家族で出かけられるようになりたい。……いや、朱里が目当てで結婚するとか、子供を産むとか考えたら駄目なのは分かってる。……でも、これからも朱里の側にいるには、自分も変わらないといけないと思うんだ」
恵は苦しげに言ったあと、クシャリと泣きそうな表情で笑う。
「結婚した朱里と、独身の私とじゃ価値観が合わなくなるかもしれない。一緒に遊ぼうと思っても、独り身の私を気遣う場面があるかもしれない。私はこんな恋をしてきたから、正直周りの奴なんてどうでもいい。……でも将来、朱里の家族と中年になった私が一緒に行動するのを見て、周りに『独身女と一緒にいると気を遣ってそう』って思われるのがやだ」
私は我慢できなくなり、手を伸ばすと恵の手を握った。
「違うよ。それは違う。……結婚して家庭ができても、友達は友達だよ。確かに独身時代みたいに何でも自由にはならない。でも既婚者と独身の人だって、普通に友情を築けるんだよ」
恵の目をしっかり見て言うと、彼女は大きな目からポロッと涙を零した。
私はさらに続ける。
「……変わるのって怖いよね。私はこれから結婚するけど、尊さんのご家族は知っての通り色々大変だし、私の家族に紹介するにも、うまくいくか分からなくて不安。いつか子供が生まれるとして、『育てられるんだろうか?』って不安で堪らない。……どんな環境であっても、新しい事をするって誰でも怖いと思う」
同意を示すと、感情的になっていた恵は少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「……結婚には色んな形があると思う」
言いながら、私は初めてのデートで尊さんに『じゃあ、まじめに結婚するか?』と言われた時の事を思いだした。
あの時の尊さんは、ずっと見守ってきた私の気をどうやって引こうか、一生懸命だったろう。
でも彼の言葉は、あらかじめ用意されていたものではなかった。
私が疑問に思った事を自分の考えで答え、最終的に納得させてくれた。
私は尊さんを尊敬しているし、彼の達観した物の見方に憧れている。
そうなった理由がつらい過去にあるのは悲しい事実だけど、茨の道を乗り越えたからこそ、今の強くてタフな彼がいる。
脆いところもあるけれど、弱さもまじえて今のしなやかで強い尊さんが在る。
――私も彼のようになりたい。
私は心の中で祈り、尊さんの強さを見習って親友を慰められたらと願った。
「一般的に『結婚は好きな人としたほうがいい』って言われるかもしれない。私も、本当は恵には好きな人と結婚してほしい。……でも、世の中には色んな形の結婚があると思う。事実婚、形だけの結婚、早く離婚したいと思っているけど、経済的に自立できないとか、家事がまったくできないとかで一緒にいる夫婦とか、何らかの利害が一致して、性交渉しないし恋愛感情も持たないけど結婚した人とか、……本当に、夫婦の数だけ事情があると思う」
「……そうだね」
私の言葉を聞き、恵は小さく頷く。
「だから私は恵の結婚観を否定しない」
そう言うと、彼女は静かに目を見開いて呼吸を止め、ゆっくりと、安堵して息を吐いていった。
恵の様子を見て、私はしっかり頷く。
――私はあなたを否定しないよ。
私は心の中でもう一度言葉を重ね、微笑んだ。
「でも結婚するなら、間に合わせで相手を見つけてほしくない。私だって親友に幸せになってほしいんだよ」
彼女が好きなのは私だと分かっているのに、なんて残酷な事を言っているんだろう。
私は恵の望む未来を与えられないと分かっていながら、彼女に〝二番目〟であり続ける道を示している。
――〝一番〟をあげられなくてごめんね。
――でも恋人・夫と親友は比べられない。
――男性の一番は尊さんだけど、女性の一番は恵だから。
恵への想いを言葉にすればするほど、陳腐なものになってしまいそうで怖い。
だからあとは、ありったけの想いを込めて彼女を見つめ、手を握った。
どうやら早まった結論を出しかけていたらしく、私はコクコクと頷く。
恵は一つ溜め息をついたあと、ドリンクメニューに手を伸ばして二杯目を吟味し始めながら言った。
「側から消えるとか、友達をやめるっていう意味じゃない。私は強欲だから、朱里に拒絶されない限り、ずっと側にいたい」
それを聞き、私は小さく胸を撫で下ろした。
「……ただ、朱里は結婚したいだろうし、私も年齢的に次のステージに上がらないといけない。でも、自分が独身バリキャリになるイメージって、あんまり湧かないんだ」
恵は私の遙か後ろを見て言った。
「朱里は自分の人生を歩んでいるのに、私が『ずっと親友でいたい』と停滞しているのは駄目だと思ってる。……今、私が寂しさを感じてるのは、プチ失恋を味わったのもあるけど、独身生活の楽しさから卒業しなきゃならないからだと思う」
私は彼女の言葉を聞いて、少しずつ恵の抱えていた想いを理解していった。
「今までは『朱里が側にいるなら何でもいいや』って、何についても深く考えなかった。でも朱里がいずれ母親になるなら、私も同じ立場になりたい。結婚して、友達同士の家族で出かけられるようになりたい。……いや、朱里が目当てで結婚するとか、子供を産むとか考えたら駄目なのは分かってる。……でも、これからも朱里の側にいるには、自分も変わらないといけないと思うんだ」
恵は苦しげに言ったあと、クシャリと泣きそうな表情で笑う。
「結婚した朱里と、独身の私とじゃ価値観が合わなくなるかもしれない。一緒に遊ぼうと思っても、独り身の私を気遣う場面があるかもしれない。私はこんな恋をしてきたから、正直周りの奴なんてどうでもいい。……でも将来、朱里の家族と中年になった私が一緒に行動するのを見て、周りに『独身女と一緒にいると気を遣ってそう』って思われるのがやだ」
私は我慢できなくなり、手を伸ばすと恵の手を握った。
「違うよ。それは違う。……結婚して家庭ができても、友達は友達だよ。確かに独身時代みたいに何でも自由にはならない。でも既婚者と独身の人だって、普通に友情を築けるんだよ」
恵の目をしっかり見て言うと、彼女は大きな目からポロッと涙を零した。
私はさらに続ける。
「……変わるのって怖いよね。私はこれから結婚するけど、尊さんのご家族は知っての通り色々大変だし、私の家族に紹介するにも、うまくいくか分からなくて不安。いつか子供が生まれるとして、『育てられるんだろうか?』って不安で堪らない。……どんな環境であっても、新しい事をするって誰でも怖いと思う」
同意を示すと、感情的になっていた恵は少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「……結婚には色んな形があると思う」
言いながら、私は初めてのデートで尊さんに『じゃあ、まじめに結婚するか?』と言われた時の事を思いだした。
あの時の尊さんは、ずっと見守ってきた私の気をどうやって引こうか、一生懸命だったろう。
でも彼の言葉は、あらかじめ用意されていたものではなかった。
私が疑問に思った事を自分の考えで答え、最終的に納得させてくれた。
私は尊さんを尊敬しているし、彼の達観した物の見方に憧れている。
そうなった理由がつらい過去にあるのは悲しい事実だけど、茨の道を乗り越えたからこそ、今の強くてタフな彼がいる。
脆いところもあるけれど、弱さもまじえて今のしなやかで強い尊さんが在る。
――私も彼のようになりたい。
私は心の中で祈り、尊さんの強さを見習って親友を慰められたらと願った。
「一般的に『結婚は好きな人としたほうがいい』って言われるかもしれない。私も、本当は恵には好きな人と結婚してほしい。……でも、世の中には色んな形の結婚があると思う。事実婚、形だけの結婚、早く離婚したいと思っているけど、経済的に自立できないとか、家事がまったくできないとかで一緒にいる夫婦とか、何らかの利害が一致して、性交渉しないし恋愛感情も持たないけど結婚した人とか、……本当に、夫婦の数だけ事情があると思う」
「……そうだね」
私の言葉を聞き、恵は小さく頷く。
「だから私は恵の結婚観を否定しない」
そう言うと、彼女は静かに目を見開いて呼吸を止め、ゆっくりと、安堵して息を吐いていった。
恵の様子を見て、私はしっかり頷く。
――私はあなたを否定しないよ。
私は心の中でもう一度言葉を重ね、微笑んだ。
「でも結婚するなら、間に合わせで相手を見つけてほしくない。私だって親友に幸せになってほしいんだよ」
彼女が好きなのは私だと分かっているのに、なんて残酷な事を言っているんだろう。
私は恵の望む未来を与えられないと分かっていながら、彼女に〝二番目〟であり続ける道を示している。
――〝一番〟をあげられなくてごめんね。
――でも恋人・夫と親友は比べられない。
――男性の一番は尊さんだけど、女性の一番は恵だから。
恵への想いを言葉にすればするほど、陳腐なものになってしまいそうで怖い。
だからあとは、ありったけの想いを込めて彼女を見つめ、手を握った。