部長と私の秘め事
 恵はしばらく黙って私を見ていたけれど、泣き笑いすると「っはぁ……!」と溜め息をついた。

「朱里には敵わないなぁ~。ちょっとでも嫌なところがあったら、嫌いになって楽になれるのに、どこまでも私の好きな朱里なんだもん。……朱里はずっと、私の心を救い続けてくれる」

 そう言った彼女は、さっきより吹っ切れた表情をしていた。

 恵は私の手をそっと放すと、ニカッと笑って言う。

「中学生の時からこの話題に触れず、一人で抱えていたからこじらせたのかも。……はー……。でも面と向かって色々話せてスッキリしたわ。やっぱ朱里の事、好き」

 開き直って言われ、私も笑顔で答えた。

「私も好きだよ!」

『好き』の意味は違うと二人とも分かっている。

 でも私たちの関係は、このままでいい。

 それが〝正解〟の場合もある。

「ちょっと、スッキリついでに肉食おうか! 牛いこうよ牛! あっ、ジビエも良くない? 蝦夷鹿だって」

「美味しそう! お肉に貴賤なし! なんでも美味しくいただく!」

 両手でドンドンとテーブルを叩く真似をすると、恵が爆笑した。

「肉の申し子だよ~!」

 笑い合った時、テーブルの上に置いてあったスマホが通知を知らせる。

「あっ、ちょいごめん」

 恵に断って手帳型ケースを開くと、尊さんから連絡が入ったところだった。

「誰?」

 恵に何気なく尋ねられ、私は曖昧に微笑む。

「尊さん」

「ふーん……。……呼べば?」

「えっ?」

 あっけらかんと言われ、私はうわずった声を上げる。

「肝心の朱里とは話がついたし、今さら篠宮さんとどう話そうが、別に気まずくも何ともないわ。むしろもうコソコソしなくていいんだと思うと、一気に楽になった」

「あはは! さすが恵だな。引きずらないところ、好きだわ」

 思わず笑うと、恵は「でしょ」と言ってニヤッと笑った。

 尊さんからのメッセージはこうだった。

【大丈夫か?】

 たったそれだけだけど、彼が心配してくれているのが分かる。

 彼も私の知らないところで恵と繋がっていた事に、後ろめたさを抱いているんだろう。

(やっぱり当事者の三人で顔を合わせて、ちゃんと話したほうがいいんだろうな)

 そう思った私は、彼にメッセージを打った。

【大丈夫です。でも、一回三人で話しませんか?】

 送信したあと、すぐに返事がきた。

【そうする。どこの店にいる?】

【ここです。会社から歩いてすぐですよ。席空けておきますね】

 私はお店の公式サイトをブラウザで開くと、URLを送る。

【まだ会社にいるから、すぐ行く】

 私は彼の返事を見たあと、微笑んで『待ってます!』のスタンプを送った。

「すぐ来るって」

「そっか」

 恵はジェノベーゼを私の取り皿に盛ってくれていた。

「ありがと」

「まあ、篠宮さんに奢らせるけどね」

 恵がケロッとして言うので、思わず笑ってしまう。

「おぬしも悪よのぉ~」

「今まで篠宮さんには色々奢ってもらったわ~。向こうにも罪悪感があるって分かってるから、こっちも遠慮なく食べたし」

 悪びれもなく言う恵は、もうさっきの事を引きずっていないみたいで安心した。

「篠宮さんとは、どういうデートしてるの?」

「んー、そういえば、まだデートらしいデートはしてないかな。十二月頭からの今で、バタバタしてて……。食事に行ったりホテルにお泊まりはしてたけど、遊園地とか水族館とかは行ってないし、東京から出てないかも」

「駄目でしょそれ~。何やってんだあいつ」

 恵は渋面になり、「篠宮~、アウト~」とテレビ番組の物真似をする。

「あはは!」

 恵は笑った私を見て微笑んだあと、テーブルに両肘をつけて少し前屈みになる。
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