部長と私の秘め事
【今週末って空いてる? 紹介したい人がいるんだけど】
するとすぐに既読がつき、即返信があった。
【会いたい! 会わせて!】
「……乙女か」
我が母ながら……と思ってボソッと突っ込んだあと、念を押しておく。
【お母さんが会いたいのは分かったけど、他の家族の予定は? 急に行ったら迷惑じゃないかって、お相手さんが気にしてるから】
そのあと少しの間、沈黙があっった。
「尊さん、今、母に聞いてます」
《OK》
スピーカーの向こうからはカタカタと音が聞こえているし、待ってもらっていても問題ないぽいので、のんびりと母の返事を待つ。
やがて、シュポッと音がしてメッセージがきた。
【お父さんも美奈歩ちゃんも大丈夫だって。亮平くんにはこれから連絡してみるね】
【よろぴく】
これで一応話はついた。
【詳しい時間とか決まったら、また連絡するね】
【了解だっぴ】
……お母さん、精神年齢和若いな……。
私はまたテレビ電話のアプリをメインに戻し、尊さんに返事をする。
「尊さん、週末大丈夫そうだっぴ」
《ぴ?》
いきなりの私の語尾変に、尊さんがいぶかしげな顔をする。
「あはは! 母の真似!」
《朱里のお母さん、意外と明るい感じか?》
「……そうですね。割と明るいかもです。……わ、私だってこう見えて、恵といる時は割と明るいんですよ。〝部長〟には〝嫌い〟オーラでネチネチ接してしまいましたが……」
今になって自分の事を『明るい』なんていうのが気恥ずかしく、私は靴下の毛玉をいじりながら言う。
《いや、暗いとは思ってないけど? もともと朱里は素直な子だったし》
中学生の時の事を言われたと知り、私はジワァ……と頬を赤くする。
「あ、あの時の事は忘れてくださいよ」
照れて言うと、尊さんはニヤッと笑う。
《素直で可愛かったじゃねぇか。『私が結婚してあげる!』って言って、なぁ?》
「ぐあああああああ……!!」
昔のセリフを覚えていられるのが、こんなにも恥ずかしいとは!
私は頭を抱えて悶絶する。
《マレー熊か》
そんな私の様子を見て、尊さんはスマホの向こうでクックック……と笑っている。
「と、とにかく。今週末こそ実家行きましょうね」
《ん。ご両親、何か好物あるか? 手土産に……と思ってるけど》
「んーと、継父はビールとかりんとうかな。母は甘い物なら何でも好きですが、ケーキを買っていった時はめちゃ喜んだかもです」
《どんなケーキ?》
速水尊、プロフェッショナルな彼は、恋人の両親への挨拶にも手を抜かない男である。
「モンブランが好物ですね。チョコレート系はあまり食べないかもです」
《美奈歩さんは?》
「フロマージュ? ベリー系のソースが掛かったムースとかの、あれ系が好きです。あとはパスタならクリーム系とか、女子が好きな物が大体好きです」
《亮平さんの好物は?》
「んー、最近生意気にもワインにこり始めたみたいです。それに合わせるチーズをあれこれ食べたり、先日は『生ハムの原木を買った』と言ってましたね。甘い物はそれほどみたいですが、高級チョコなら食べるっぽいです。……生意気な」
そこまで会話をした時、玄関のほうからガタンと音がした。
「ん?」
不審に思った私は、玄関のほうを見た。
《どうした?》
「ちょっと玄関のほうから音が。……見てきますね」
そう言って私は立ちあがった。
《おい、待て! 玄関のドアを開けるなよ?》
スピーカーから尊さんの焦った声が聞こえ、私は心配してくれる彼にクスッと笑う。
「大丈夫です。インターフォンのカメラで覗くだけですから。幾ら私でも、いきなり開けたりしませんよ」
尊さんが心配するから詳しく言っていないし、昔の事だからもう話題にする必要がないけれど、学生時代も成人してからも、そこそこ嫌な目には遭った。
最寄り駅から歩いて家に帰ろうとしている間、男性につけられてコンビニの店員さんに助けを求めた事があった。
学生時代は制服を着ていたからだと思うけど、車に乗った男から『写真撮らせてくれない?』と声を掛けられた事もあったし、いきなり『三でどう?』と援助交際を求められた事もあった。
成人したあとは何回か引っ越ししていて、その内の一回はドアを無理矢理開けて中に入られかけた事が原因だった。
その時は本当に怖くて、すぐ恵と昭人に電話を掛けた。最終的に昭人が駆けつけてくれて、私の家に泊まって安心させてくれた。
恵には『親に言え』と何回も言われたけど、新しい家庭に馴染もうとしている母を心配させたくなくて、大丈夫、大丈夫と言い聞かせながら沈黙を選んだ。
ただ、『何回も引っ越ししてるのね』と言われたから、なんとなく気づかれてはいるのかもしれない。
それを裏付けるように、亮平が頻繁に手土産を持って様子を見に来た事はあった。
今になって思うと、心配してくれていたのに鬱陶しがって申し訳ない事をした。
そんなわけで、危機管理対策はバッチリしているつもりだ。
玄関先にはバットを置いてあるし、痴漢防止スプレーもある。バッグにはハート型のチャームに模した防犯ブザーもつけている。
(だから大丈夫。マンション選びも女性専用の防犯対策バッチリの所に決めてるし)
そう思いながら、私はインターフォンのカメラをオンにした。
(これがホラー映画によくある展開だったらウケるな)
ガチだったらウケるどころじゃないけど、引っ越してきてから変わった事はないので大丈夫なはずだ。
(んーと……)
モニターの向こうを見ても、普通に廊下が見えるだけだ。
しばらく窺うようにモニターを見たあと、誰もいなさそうだと判断して少しだけ様子を見る事にした。
私は玄関にあるバットを握り締め、何個かある鍵を開ける。
チェーンを残したままそっとドアを開いたけれど、特に何も聞こえなかった。
「誰かいますかー」
今日、置き配にする荷物はなかったはずだ。
声を掛けても反応がなかったから、チェーンを外して顔を出した。
するとすぐに既読がつき、即返信があった。
【会いたい! 会わせて!】
「……乙女か」
我が母ながら……と思ってボソッと突っ込んだあと、念を押しておく。
【お母さんが会いたいのは分かったけど、他の家族の予定は? 急に行ったら迷惑じゃないかって、お相手さんが気にしてるから】
そのあと少しの間、沈黙があっった。
「尊さん、今、母に聞いてます」
《OK》
スピーカーの向こうからはカタカタと音が聞こえているし、待ってもらっていても問題ないぽいので、のんびりと母の返事を待つ。
やがて、シュポッと音がしてメッセージがきた。
【お父さんも美奈歩ちゃんも大丈夫だって。亮平くんにはこれから連絡してみるね】
【よろぴく】
これで一応話はついた。
【詳しい時間とか決まったら、また連絡するね】
【了解だっぴ】
……お母さん、精神年齢和若いな……。
私はまたテレビ電話のアプリをメインに戻し、尊さんに返事をする。
「尊さん、週末大丈夫そうだっぴ」
《ぴ?》
いきなりの私の語尾変に、尊さんがいぶかしげな顔をする。
「あはは! 母の真似!」
《朱里のお母さん、意外と明るい感じか?》
「……そうですね。割と明るいかもです。……わ、私だってこう見えて、恵といる時は割と明るいんですよ。〝部長〟には〝嫌い〟オーラでネチネチ接してしまいましたが……」
今になって自分の事を『明るい』なんていうのが気恥ずかしく、私は靴下の毛玉をいじりながら言う。
《いや、暗いとは思ってないけど? もともと朱里は素直な子だったし》
中学生の時の事を言われたと知り、私はジワァ……と頬を赤くする。
「あ、あの時の事は忘れてくださいよ」
照れて言うと、尊さんはニヤッと笑う。
《素直で可愛かったじゃねぇか。『私が結婚してあげる!』って言って、なぁ?》
「ぐあああああああ……!!」
昔のセリフを覚えていられるのが、こんなにも恥ずかしいとは!
私は頭を抱えて悶絶する。
《マレー熊か》
そんな私の様子を見て、尊さんはスマホの向こうでクックック……と笑っている。
「と、とにかく。今週末こそ実家行きましょうね」
《ん。ご両親、何か好物あるか? 手土産に……と思ってるけど》
「んーと、継父はビールとかりんとうかな。母は甘い物なら何でも好きですが、ケーキを買っていった時はめちゃ喜んだかもです」
《どんなケーキ?》
速水尊、プロフェッショナルな彼は、恋人の両親への挨拶にも手を抜かない男である。
「モンブランが好物ですね。チョコレート系はあまり食べないかもです」
《美奈歩さんは?》
「フロマージュ? ベリー系のソースが掛かったムースとかの、あれ系が好きです。あとはパスタならクリーム系とか、女子が好きな物が大体好きです」
《亮平さんの好物は?》
「んー、最近生意気にもワインにこり始めたみたいです。それに合わせるチーズをあれこれ食べたり、先日は『生ハムの原木を買った』と言ってましたね。甘い物はそれほどみたいですが、高級チョコなら食べるっぽいです。……生意気な」
そこまで会話をした時、玄関のほうからガタンと音がした。
「ん?」
不審に思った私は、玄関のほうを見た。
《どうした?》
「ちょっと玄関のほうから音が。……見てきますね」
そう言って私は立ちあがった。
《おい、待て! 玄関のドアを開けるなよ?》
スピーカーから尊さんの焦った声が聞こえ、私は心配してくれる彼にクスッと笑う。
「大丈夫です。インターフォンのカメラで覗くだけですから。幾ら私でも、いきなり開けたりしませんよ」
尊さんが心配するから詳しく言っていないし、昔の事だからもう話題にする必要がないけれど、学生時代も成人してからも、そこそこ嫌な目には遭った。
最寄り駅から歩いて家に帰ろうとしている間、男性につけられてコンビニの店員さんに助けを求めた事があった。
学生時代は制服を着ていたからだと思うけど、車に乗った男から『写真撮らせてくれない?』と声を掛けられた事もあったし、いきなり『三でどう?』と援助交際を求められた事もあった。
成人したあとは何回か引っ越ししていて、その内の一回はドアを無理矢理開けて中に入られかけた事が原因だった。
その時は本当に怖くて、すぐ恵と昭人に電話を掛けた。最終的に昭人が駆けつけてくれて、私の家に泊まって安心させてくれた。
恵には『親に言え』と何回も言われたけど、新しい家庭に馴染もうとしている母を心配させたくなくて、大丈夫、大丈夫と言い聞かせながら沈黙を選んだ。
ただ、『何回も引っ越ししてるのね』と言われたから、なんとなく気づかれてはいるのかもしれない。
それを裏付けるように、亮平が頻繁に手土産を持って様子を見に来た事はあった。
今になって思うと、心配してくれていたのに鬱陶しがって申し訳ない事をした。
そんなわけで、危機管理対策はバッチリしているつもりだ。
玄関先にはバットを置いてあるし、痴漢防止スプレーもある。バッグにはハート型のチャームに模した防犯ブザーもつけている。
(だから大丈夫。マンション選びも女性専用の防犯対策バッチリの所に決めてるし)
そう思いながら、私はインターフォンのカメラをオンにした。
(これがホラー映画によくある展開だったらウケるな)
ガチだったらウケるどころじゃないけど、引っ越してきてから変わった事はないので大丈夫なはずだ。
(んーと……)
モニターの向こうを見ても、普通に廊下が見えるだけだ。
しばらく窺うようにモニターを見たあと、誰もいなさそうだと判断して少しだけ様子を見る事にした。
私は玄関にあるバットを握り締め、何個かある鍵を開ける。
チェーンを残したままそっとドアを開いたけれど、特に何も聞こえなかった。
「誰かいますかー」
今日、置き配にする荷物はなかったはずだ。
声を掛けても反応がなかったから、チェーンを外して顔を出した。