部長と私の秘め事
「兄はいつも私の勉強を見てくれていました。母が亡くなったあと、それまで全然料理をしなかったのに、動画を見ながら料理を始めて、そのうち父のお弁当まで作るようになりました。『自分だって遊びたい』と言った事は一度もありませんでした。……今思えば、妹の相手なんてしないで友達と遊びたかったでしょう。それでも兄は私の面倒を見てくれて、勉強が分からなかった時、理解するまで辛抱強く教えてくれました」
今まで美奈歩が亮平をどう思っていたか聞いていなかったから、余計に彼女が抱いている家族愛の重さを知った。
そして私もまた、今まで自分の事ばかりで、亮平と美奈歩がどういう兄妹だったかを想像していなかったのだと再度痛感した。
「亮平さん自身は『我慢していた』と思っていなかったでしょう。性格的にストレスが溜まったとしても、大きな声を出さず、自分の中で折り合いをつけていくタイプに思えます。それに常識人に思えますし、世間的に〝いけない〟とされる事をしないでしょう。堅実な性格なのでナンパや合コンなどもあまり好まないと思います」
「その通りです」
美奈歩は「兄の事はよく知っている」という顔で頷く。
「だから彼は、突然できた継妹という非日常の存在に惹かれてしまった可能性があります。朱里さんを異性として見て恋仲になりたいとは思わなかったでしょうけど、〝兄〟の範囲内で仲良くしたいと思った。それを無意識に感じた美奈歩さんは、二人を見て嫉妬してしまっていたのだと思います」
今度は美奈歩は、何も言わなかった。
代わりに、考えるように膝を抱えて自分のつま先を見ている。
「誰が悪い、で片づけられる事ではないと思います。朱里さんは大好きな父親を亡くして心に壁を作り、新しい家族と打ち解けられないままだった。頑なになっている彼女に亮平さんが言葉少なに近づこうとしても、あらぬ誤解を受けたでしょう。そんな二人を見て、美奈歩さんは大好きなお兄さんをとられそうな気持ちになり、嫉妬してしまった。嫌いな訳ではないけれど、つまらないからツンとしてしまう。それを見て朱里さんも、話しかけないほうがいいのかもしれないと思い、二人の間にすれ違いが生まれてしまった」
私は彼の言葉を聞きながら、尊さんがいてくれて良かったなと感じていた。
結婚する前に美奈歩との関係を改善したいと思っていても、私一人だったらお互い言葉足らずでうまく話せなかったと思う。
亮平が私に惹かれていたくだりも、自分で言ったら「自意識過剰」と思われてしまう。
だから、第三者の尊さんがいて本当に良かった。
「誰かを嫌う時は、その人のせいで自分の大切なものが損なわれる場合……と思っています。自分の話ばかりする人や、自慢話ばかり、嘘ばかり、誰かを悪く言ってばかり……、そういう人と一緒にいるだけで自分がすり減りますし、時間が勿体なく感じます。または自分を陥れた相手だとか、借りたお金を返さない人、約束を反故にする人などもありますが、二人の場合何にも当てはまりません。二人とも直接の要因はなく、〝何となく〟で避けていたんです」
確かに、尊さんの言う通りだ。
私は美奈歩から実害をほぼ受けていない。
ちょっと冷たい態度をとられたといっても、学校や会社の中みたいに、その態度が他の人に伝染して自分の立場が悪くなるわけではない。
美奈歩の態度さえ気にしなければ、別に普通に過ごしていられた。
恵や昭人に愚痴る時も『ツンツンされてしんどい』ぐらいしか言う事がなかった。
……亮平の場合は近い場所に立たれたりとかで、変な危機感はあったから別物だけど。
だから私も〝何となく〟美奈歩を避けて、それに〝嫌い、苦手〟という感情を絡めていたのかもしれない。
彼は私たち姉妹の顔を順番に見て微笑む。
「『人付き合いは鏡』と言いますし、ミラーリング効果という言葉もあります。好意を持つ相手と似た行動をとる事を言いますが、『嫌われている』と思ってツンツンすると、相手も『嫌われている』と思ってそっけなくなるでしょう。どちらかいっぽうが思い切って一歩踏み出し、『自分は仲良くなりたいと思っているが、あなたはどうなのか』と尋ねたら、事態は変わっていたかもしれません。……でもなかなか、難しくありますよね。私も継兄に対して、思い切って聞いてみようとは思えませんでした」
尊さんは自分の話も踏まえ、私たちの仲を取り持ってくれる。
「話してみれば、こうやってお互いが何を考えていたか知る事ができます。まずは話し合いのテーブルにつきましょう。思っているだけでは何にもなりません。家族になりたい、相手にとっての〝何か〟になりたいと思うなら、思いきって自分の考えを話してみる事を勧めます」
尊さんの言葉が、じんわりと胸の奥に染み入っていく。
(私、思い込みで判断したあと、ろくに話さずに『もういいや』って距離をとってしまっていたな。学生時代もそうだったし、家族も……)
反省した時、美奈歩がポツンと言った。
「……今まで感じ悪くてごめん」
「う、ううん!? 私も……、まともに話そうとしないでごめん」
謝り合ったあと、私たちは照れくさくなってジワジワと赤面する。
そんな私たちを見て尊さんは笑顔になり、ポンと私の肩を叩いてきた。
「付き合うから、今度美奈歩さんを誘ってお茶でもしてみたらどうだ? 家から出て、場所を変えたら色々話題が出てくるかもしれない。仕事の悩みとか、恋愛関係とか。ホテルのアフタヌーンティーとかは? 女子って好きだろ」
もう……。アフターケアまで万全の速水クオリティ!
「……美奈歩、いい所知ってる?」
おずおずと尋ねると、彼女は少し迷ってから言った。
「一応ヌン活はしてるけど、一月、二月だと苺をテーマにする所が多いから、苺が好きなら狙い目かも。…………好きでしょ? 苺味のチョコとかよく食べてたし」
んん! ……まさか、美奈歩が私が好んでいたお菓子を覚えていたとは……。
じわぁ……、と嬉しくなった私は、立ちあがるとガバッと両腕を広げ、トトト……と美奈歩に近づいて優しくハグをした。
「な、なに!」
「……しゅき。嬉しくなったらハグる」
「なにその理論」
美奈歩は呆れたように突っ込んだあと苦笑し、ポンポンと私の背中を叩いてきた。
「今度、連絡する」
「うん、分かった」
「速水さん、ありがとうございます」
美奈歩が彼にお礼を言い、尊さんも微笑み返す。
「いいえ、どういたしまして」
「あと、さっきはごめんなさい。ただの八つ当たりです」
ん? 何のこと?
「分かっていますよ。……〝これ〟で」
そう言って、尊さんは唇の前に人差し指を立てた。
「えー? なに? 気になる」
二人をキョロキョロと見比べると、美奈歩はわざとらしい笑みを浮かべて唇の前に人差し指を立て、それを見て尊さんも意味深に笑った。うう……。
「戻ろうか」
「うん」
三人でリビングに戻りかけた時、つん、と後ろから美奈歩に服を引っ張られた。
「ん?」と思って振り向くと、彼女に耳元で囁かれた。
「いい人見つけたね。おめでとう。私もいい人探す」
美奈歩から初めて「おめでとう」を言ってもらえて、嬉しくなった私はギュッと継妹を抱き締めた。
「だから! すぐハグるな」
「ハグる! はぐはぐはぐ……」
継妹を抱き締めたまま、肩口でぐりぐりと顔を動かすと、後ろで尊さんがクスクスと笑った。
今まで美奈歩が亮平をどう思っていたか聞いていなかったから、余計に彼女が抱いている家族愛の重さを知った。
そして私もまた、今まで自分の事ばかりで、亮平と美奈歩がどういう兄妹だったかを想像していなかったのだと再度痛感した。
「亮平さん自身は『我慢していた』と思っていなかったでしょう。性格的にストレスが溜まったとしても、大きな声を出さず、自分の中で折り合いをつけていくタイプに思えます。それに常識人に思えますし、世間的に〝いけない〟とされる事をしないでしょう。堅実な性格なのでナンパや合コンなどもあまり好まないと思います」
「その通りです」
美奈歩は「兄の事はよく知っている」という顔で頷く。
「だから彼は、突然できた継妹という非日常の存在に惹かれてしまった可能性があります。朱里さんを異性として見て恋仲になりたいとは思わなかったでしょうけど、〝兄〟の範囲内で仲良くしたいと思った。それを無意識に感じた美奈歩さんは、二人を見て嫉妬してしまっていたのだと思います」
今度は美奈歩は、何も言わなかった。
代わりに、考えるように膝を抱えて自分のつま先を見ている。
「誰が悪い、で片づけられる事ではないと思います。朱里さんは大好きな父親を亡くして心に壁を作り、新しい家族と打ち解けられないままだった。頑なになっている彼女に亮平さんが言葉少なに近づこうとしても、あらぬ誤解を受けたでしょう。そんな二人を見て、美奈歩さんは大好きなお兄さんをとられそうな気持ちになり、嫉妬してしまった。嫌いな訳ではないけれど、つまらないからツンとしてしまう。それを見て朱里さんも、話しかけないほうがいいのかもしれないと思い、二人の間にすれ違いが生まれてしまった」
私は彼の言葉を聞きながら、尊さんがいてくれて良かったなと感じていた。
結婚する前に美奈歩との関係を改善したいと思っていても、私一人だったらお互い言葉足らずでうまく話せなかったと思う。
亮平が私に惹かれていたくだりも、自分で言ったら「自意識過剰」と思われてしまう。
だから、第三者の尊さんがいて本当に良かった。
「誰かを嫌う時は、その人のせいで自分の大切なものが損なわれる場合……と思っています。自分の話ばかりする人や、自慢話ばかり、嘘ばかり、誰かを悪く言ってばかり……、そういう人と一緒にいるだけで自分がすり減りますし、時間が勿体なく感じます。または自分を陥れた相手だとか、借りたお金を返さない人、約束を反故にする人などもありますが、二人の場合何にも当てはまりません。二人とも直接の要因はなく、〝何となく〟で避けていたんです」
確かに、尊さんの言う通りだ。
私は美奈歩から実害をほぼ受けていない。
ちょっと冷たい態度をとられたといっても、学校や会社の中みたいに、その態度が他の人に伝染して自分の立場が悪くなるわけではない。
美奈歩の態度さえ気にしなければ、別に普通に過ごしていられた。
恵や昭人に愚痴る時も『ツンツンされてしんどい』ぐらいしか言う事がなかった。
……亮平の場合は近い場所に立たれたりとかで、変な危機感はあったから別物だけど。
だから私も〝何となく〟美奈歩を避けて、それに〝嫌い、苦手〟という感情を絡めていたのかもしれない。
彼は私たち姉妹の顔を順番に見て微笑む。
「『人付き合いは鏡』と言いますし、ミラーリング効果という言葉もあります。好意を持つ相手と似た行動をとる事を言いますが、『嫌われている』と思ってツンツンすると、相手も『嫌われている』と思ってそっけなくなるでしょう。どちらかいっぽうが思い切って一歩踏み出し、『自分は仲良くなりたいと思っているが、あなたはどうなのか』と尋ねたら、事態は変わっていたかもしれません。……でもなかなか、難しくありますよね。私も継兄に対して、思い切って聞いてみようとは思えませんでした」
尊さんは自分の話も踏まえ、私たちの仲を取り持ってくれる。
「話してみれば、こうやってお互いが何を考えていたか知る事ができます。まずは話し合いのテーブルにつきましょう。思っているだけでは何にもなりません。家族になりたい、相手にとっての〝何か〟になりたいと思うなら、思いきって自分の考えを話してみる事を勧めます」
尊さんの言葉が、じんわりと胸の奥に染み入っていく。
(私、思い込みで判断したあと、ろくに話さずに『もういいや』って距離をとってしまっていたな。学生時代もそうだったし、家族も……)
反省した時、美奈歩がポツンと言った。
「……今まで感じ悪くてごめん」
「う、ううん!? 私も……、まともに話そうとしないでごめん」
謝り合ったあと、私たちは照れくさくなってジワジワと赤面する。
そんな私たちを見て尊さんは笑顔になり、ポンと私の肩を叩いてきた。
「付き合うから、今度美奈歩さんを誘ってお茶でもしてみたらどうだ? 家から出て、場所を変えたら色々話題が出てくるかもしれない。仕事の悩みとか、恋愛関係とか。ホテルのアフタヌーンティーとかは? 女子って好きだろ」
もう……。アフターケアまで万全の速水クオリティ!
「……美奈歩、いい所知ってる?」
おずおずと尋ねると、彼女は少し迷ってから言った。
「一応ヌン活はしてるけど、一月、二月だと苺をテーマにする所が多いから、苺が好きなら狙い目かも。…………好きでしょ? 苺味のチョコとかよく食べてたし」
んん! ……まさか、美奈歩が私が好んでいたお菓子を覚えていたとは……。
じわぁ……、と嬉しくなった私は、立ちあがるとガバッと両腕を広げ、トトト……と美奈歩に近づいて優しくハグをした。
「な、なに!」
「……しゅき。嬉しくなったらハグる」
「なにその理論」
美奈歩は呆れたように突っ込んだあと苦笑し、ポンポンと私の背中を叩いてきた。
「今度、連絡する」
「うん、分かった」
「速水さん、ありがとうございます」
美奈歩が彼にお礼を言い、尊さんも微笑み返す。
「いいえ、どういたしまして」
「あと、さっきはごめんなさい。ただの八つ当たりです」
ん? 何のこと?
「分かっていますよ。……〝これ〟で」
そう言って、尊さんは唇の前に人差し指を立てた。
「えー? なに? 気になる」
二人をキョロキョロと見比べると、美奈歩はわざとらしい笑みを浮かべて唇の前に人差し指を立て、それを見て尊さんも意味深に笑った。うう……。
「戻ろうか」
「うん」
三人でリビングに戻りかけた時、つん、と後ろから美奈歩に服を引っ張られた。
「ん?」と思って振り向くと、彼女に耳元で囁かれた。
「いい人見つけたね。おめでとう。私もいい人探す」
美奈歩から初めて「おめでとう」を言ってもらえて、嬉しくなった私はギュッと継妹を抱き締めた。
「だから! すぐハグるな」
「ハグる! はぐはぐはぐ……」
継妹を抱き締めたまま、肩口でぐりぐりと顔を動かすと、後ろで尊さんがクスクスと笑った。