部長と私の秘め事

再び、会社での日々

 彼の冗談に思わず笑ってしまったものの、自分の指に高級な指輪が嵌まるのは想像できない。

 お洒落は好きだから、アクセサリーもある程度持っている。

 でも高級なアクセサリーを持つより美味しい物を食べたいので、ハイブランドの物は持っていなかった。

 ボーナスが出た時に五万円ぐらいの指輪を買ったものの、『こういうのはハマったらキリがなくてやばそうだな』と思い、お気に入りのそれを毎日つける事にした。

 それでもやっぱり、綾子さんみたいに高級ブランドを身につけている人を見ると、ちょっとだけ羨ましくなる。

 けれど「自分が一番大切にしたいものは?」と改めて考えると、恵と一緒に美味しい物を食べたり、旅行に行く事だ。

 勿論デパコスも好きなんだけど、絶対に欲しい物だけを厳選して買うようにしている。

 他にもたまには家族にご馳走しようと思って食事会を開く事もあるし、自分にとって嬉しいお金の使い方って、誰かと喜びを共有する事だと気づいた。

 だから私は高価な物を身につけていないし、そういう物に慣れていない。

「……婚約指輪って、どうやって買うんですか?」

「んー、気になるブランドをネットで調べて、公式サイトでデザインやら何やら、自分が気に入るもんに目星をつけて。店舗を絞って直接店に行って、嵌めてみて『これがいい』ってのを見つけるんじゃないか?」

「なるほど、確かにそれが一番現実的ですね」

 ドラマでは急にジュエリー店に駆け込んで、彼女の指輪の号数を言って即日買い、いきなりプロポーズ! なんてのもあったから、いまいちリアル事情が分からなかった。

「あとはブライダル雑誌でも特集組んでるんじゃないか?」

「あー、確かにそうですね。でも誌面に載るのは一部でしょうし、やっぱりネットから探すほうがよさげかもです」

「じゃあ、帰ったら二人で見てみるか」

「はい」

 会話をしている間にも車はラーメン屋の近くの駐車場に停まり、私たちは歩いてお店に向かう。

 並び時間にスマホで指輪を調べたけれど、「色々あるなぁ」と思っている間に順番がきてしまった。

 でっかいチャーシューがのった醤油ラーメンをハフハフと食べていると、多幸感に満ちあふれて昭人の事はどうでも良くなってくる。

(あんだけ尊さんが脅してくれたなら、多分もう姿を現さないだろうし、私もいい加減前を向こう)

 逃がした魚は大きいと言うけれど、よく考えると昭人は大した事のない魚だった。

 それを確認できただけでもめっけもんだ。

 ラーメンを食べたあとは、すぐ近くなので私の家に行き、お茶を飲みながら指輪のリサーチをして過ごした。



**



 土日はそんな感じで終わり、あまりゆっくりできないまま月曜日になった。

 尊さんがいうには、彼は三月の株主総会で決定されたあと、四月から副社長になるそうだ。

 私が秘書になる件については、結婚したあとでも構わないと猶予をもらった。

 ただ、考えないといけないのは、「結婚してから彼に望まれて秘書になりました」とするか「速水部長が副社長になったあと、大抜擢されて秘書になるか」の、どちらを択るかだ。

 前者だと結婚ギリギリまで彼との関係を隠せるけど、『あいつ結婚したから秘書になったのか』と見られる覚悟を持たないといけない。

 加えてイケメン副社長になった彼に熱を上げる女性は、さらに増える恐れがある。

 尊さんの愛情は揺らがないと信じているから、綾子さんみたいな人がどれだけ増えても大丈夫……と思いたい。

 でも彼のフリー期間が長いほど、女性社員の期待は高まるだろう。

 後者だと尊さんと同時期に異動となれば、彼との関係を勘ぐられて結婚前に関係を公表するも同義となる。

 でも、そのうちお祖父さん達にご挨拶して認めてもらえたら、きっと会社側も私たちの関係を守ってくれると思う。

(それでも、周りから敵視されるのは変わらないんだよなぁ……)

 私は実験室で、コトコトと煮えている鍋からひたすら灰汁をとりつつ考え事をしていた。

 仕事でレトルトお惣菜の新商品を開発する事になり、コンセプトが決まったあとは材料を決め、理想の味になるよう試作を繰り返している。

(尊さんは私を守るって言ってくれたし、私が気にすべきは〝その他大勢〟じゃなくて彼と幸せになる事。名誉会長や速水家からも認めてもらうほうが、ずっと大事でしょ)

 自分に言い聞かせても、いざ針のむしろになる生活を思うと溜め息が漏れる。

「溜め息付いたら幸せが逃げるぞ~」

 と、隣で材料を切っていた恵が、ボソッと言う。

 スモックを着てマスクをつけ、耳が隠れるつば付きの衛生キャップを被った私は、ジロッと恵を睨んでから、「出たらすかさず食う」と言って、「がぶっ」と目の前の空気を食べた。

 ――と、実験室のドアが開いたかと思うと、綾子さんがニコニコして声を上げた。

< 191 / 313 >

この作品をシェア

pagetop