部長と私の秘め事
(……あ、そっか。このカフェ、ピアノがあるから尊さんのお気に入りなのかもしれない)

 腕時計を見たら十五時で、決まった時間に演奏しているみたいだ。

「だから、全国あちこちに食通の知り合いがいる。直接会う人は、メッセージの中で『大丈夫そうな人だな』と思った厳選した人だけだけど。メッセージする頻度も用事があれば……っていう感じだから、気楽な関係だ」

 そのあとホットケーキが運ばれてきて、私は映えるそれを撮影してから、フォークとナイフを手に取る。

 ホットケーキとは別のガラスの器にはブラマンジェと苺が盛られていて、それぞれ独立したスイーツとして楽しめるようになっている。

 パンケーキって言うと、何枚も重ねて、その上にソースやホイップクリーム、フルーツが沢山……っていうイメージが強いけれど、シンプルにした分、その他のスイーツをセパレートしたんだろう。これはこれで洗練された雰囲気があって、高見えする。

「おお……」

 ナイフとフォークでパンケーキを切ると、中からトロッとチョコレートが溢れてきた。

「おいひ……」

 ふわっふわのホットケーキは幾らでもいけそうだし、ブラマンジェもとても美味しい。

「夜の寿司の時間は少し遅くしたから、頑張って消化してくれ」

「はい!」

 外は暗くなり始めていて、窓から見える街路樹のイルミネーションがとても綺麗だ。

(はぁ~、幸せ……)

 ちょっと前の痴漢騒ぎで確かにダメージは受けたけど、今こんなに幸せならプラマイゼロ、いや、プラス百ぐらいに感じている。

「そうだ、あとですすきののちょっと面白いところ連れてってやるよ」

「え? SMバーですか?」

 尋ねると、尊さんはお花の形をしたカップのコーヒーを飲んで――、噴きかけた。

 じっとりとした目で睨まれ、私はケタケタ笑う。

「や、すみません。ディープなところらしいので、つい」

「朱里とそういう店に行くのは、ちょっとマンネリになった頃にしておくよ。それまではお猫様に飽きられないように努力する」

「んふふ、マタタビとか?」

「色んな道具とかな」

 しれっと言われ、私は赤面して目を剥く。

「猫じゃらしとか?」

 けれどサラリとかわされ、一人でいやらしい事を考えてしまった自分に赤面する。

「そうやって虐めたら、あとが怖いんですからね。引っ掻かれますよ」

「ベッドで?」

 笑って受け流され、私はムキーッとなって拳を握る。

「ほれ、怒るな」

 尊さんは自分のホットケーキをナイフで切ると、バターと餡子をのせて私に「あーん」してきた。

「えっ? えっ?」

「落ちる。早く」

 恥ずかしくてうろたえていたけれど、そう言われて私は差しだされたホットケーキをパクッと食べる。

「うまいか?」

「んーふぃ」

 私は彼にも自分のチョコホットケーキを……と思ってフォークとナイフを握ったけれど、「いいよ」と言われてしまった。

 私たちはピアノの生演奏を堪能しながら美味しいホットケーキを食べ、お店を出るとまたプラプラと街歩きを始める。

 札幌にはチ・カ・ホと呼ばれる地下歩行空間があって、札幌駅からすすきのまで、地下鉄駅二つ分、約五百二十メートルも続いている。

 左右には駅前通りのビルの地下店舗が並び、札幌駅から大通駅まで行ったあとは、昔からあるポールタウンという地下街になり、すすきの駅に至る。

 間違えやすいのは、オーロラタウンという地下街で、そちらは大通駅から東に向かって横に伸びている。

 地元民は暑い夏や地面が滑る冬は地下を通って移動するらしい。でも私たちは観光客なので、ツルツル滑る地面に難儀しつつも地上を歩いていた。

「朱里、なるべく白いところ歩けよ」

「はい」

 氷が混じっているところはやっぱり滑りやすく、踏み固められた雪の部分を歩くと、滑るリスクは低そうだ。

「結構みんな滑ってますね。地元の人ってコケないんでしょうか?」

 慎重に歩きながら尋ねると、尊さんは例の知り合いの話をしてくれる。

「ペンギン歩きは身についてるみたいだな。あと知り合いはミツウマってメーカーの靴を愛用してるんだって。小樽の市場の人もヘビーユーズしてる老舗の長靴屋なんだけど、滑らなくて有名らしい」

「ほう」

「ま、俺たちみたいな一時的な観光客は……、これだな」

 そう言って尊さんは足元を見て笑う。
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