部長と私の秘め事

定山渓温泉

 札幌中心部を抜けたあとに南区に入り、さらに山道を上った奥に定山渓の温泉街がある。

「わぁ……、ここ、全部温泉宿なんですか? 凄い」

 パッと見た限り旅館というよりホテルといったほうがいい、高い建物が目立つ。

 やがて私たちが車から降りたのは、素敵な門構えの旅館『ぬくもりの宿 ふる川』だ。

 貸し切りタクシーの料金は別途尊さんが払っているらしく、車はそのまま走り去っていった。

 門の中に入ると、昔ながらの藁でできた笠や蓑や農機具が置いてあり、古民家風をコンセプトにしているのだと理解した。

 ロビーに入ると木製の落ち着いた空間になっていて、中央には畳でできたベンチがある。

「フロント行ってくるから、ちょっと待っててくれ」

「はい」

 私は荷物を纏めて置いたあと、ロビーから繋がる空間を少し覗いてみた。

 カフェっぽくなっている所があり、事前に尊さんから聞いた話では無料で使えるセルフサービスのところらしい。

 土産物を売っている所もあるけれど、お決まりのお菓子とかを沢山売っている感じではなく、お皿や小物など厳選した物を置いている。

 と、ロビー内にケージがあるのに気づき、私はそちらに近寄った。

(これって……)

 屈んで中を見てみると、うさぎが大人しくしていた。

(可愛い……!)

 静かに「きゃーっ!」としていると、尊さんが戻ってきて言った。

「この温泉の看板うさぎの(ぬく)ちゃんだって」

「かんわいい……。こういうの、いいですね。宿泊施設で動物がいるの、珍しいかも」

 その時、法被を着た男性スタッフが部屋まで案内してくれるというので、ついていく事にした。

 荷物はスタッフが持ってくれ、私たちは首から下げるタイプの茶色い革製のパスを渡される。

 エレベーターでは、そのパスを磁気を読み取るところにかざすと、ラグジュアリーフロアのボタンを押せるようになっている。

「特別感があって凄い」

「部屋もきっと気に入ると思う」

 七階に着くと、スタッフが左手奥を示した。

「あちらはラグジュアリーフロアにお泊まりのお客様のみ使えるラウンジになっています。飲み物やおつまみはご自由にどうぞ。奥に足湯もあります」

「すごーい! あとから行ってみよう!」

 喜んでいると、廊下を進んだところにある部屋に案内された。

「凄い……」

 中に入ると、ウッド調の居心地のいい空間が広がっている。

 洗面所は広々としていて、シャワールームと引き戸のお手洗いがあり、リビングルームにはソファと大きなテレビ、畳スペースがある上、床からちょっと窪んだところにクッションが敷き詰められたスペースもあった。多分お子さんが遊ぶ用なのかな。

 引き戸の奥にはツインのローベッドがあり、螺旋階段を上った所には脱衣所があり、外に露天風呂があった。

「ご使用の際は、こちらのランプをお使いください」

 脱衣所には小さな蝋燭に火を灯して使うタイプのランプがあり、きっと雰囲気がグッと良くなるだろう。

 今は冬だから無理だけど、暖かい時期は露天風呂の側にあるハンモックも使えるらしい。

 部屋の説明をしてスタッフが去っていったあと、私は感嘆の溜め息をついて室内を見回す。

「素敵なお部屋をありがとうございます」

「どういたしまして。大浴場もいいけど、個室に露天風呂があったほうがいいと思って」

「そう……、ですね」

 変な勘ぐりをしてしまった私は、赤くなって頷く。

「……とはいえ、あんまりゆっくりしてられなさそうだな。十八時半に食事って言ってたから……」

 時刻を確認すると十五時半すぎで、はたしてどう過ごすか……と悩ましいところだ。

「温泉に来たからにはお風呂を楽しみたいところですけど、ラウンジも気になりますね」

「先にちょっと行ってみるか」

「はい」

 気になる所があるのに、イチャイチャしていて行けなくなったら勿体ない。

 温泉エッチは魅力的だけど、ここでしか体験できない事も大切だ。

 それぞれ紺と赤紫の作務衣に着替えると、私たちは貴重品を持って部屋を出た。

 ラウンジはサンルームみたいなガラス張りの空間に、植物や薪、丸太を利用したテーブルなどがあり、ナチュラルテイストの談話室みたいになっている。

 座る所は空間が仕切られていないけれど、ざっくりと三組ぐらいがいられるようになっている。

 奥には憧れのハンギングエッグチェアがあり、ついそこに座った姿を記念撮影してもらった。

 入ってすぐのところには、氷で冷やされたデキャンタ入りのジュースが数種類、お酒もいくつかあり、焼きりんごやナッツなどのおつまみもある。

「せっかくだからいただきましょうか」

「そうだな」

 私たちは飲み物と焼きリンゴを一切れもらい、席に座る。

 窓の外には温泉街が広がっていて、都心の景色とはまったく異なるそれを目にすると、旅行に来ているという感覚が強まる。
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