部長と私の秘め事
「明日には帰るんですね。長いようで短いな……」

「今度は、もう少しゆとりのある旅行ができたらいいな」

「そうですね。楽しみにしてます。あっ、あの。私、バレンタインは当日にちゃんとチョコを渡すので……。お、お楽しみに」

「ん、楽しみにしてる」

 ラウンジには私たち以外に人はおらず、落ち着いて話ができる。

 ……といっても、いつ誰が来るか分からないから、いちゃつきはしないけど。

「明日、十五時台の飛行機でしたっけ」

「そう。昼飯食って少し買い物して、空港でもゆっくりできる余裕はあるはずだ。そうだ、大丸で売ってるチーズの菓子、明日例の知り合いが並んで買っといてくれるってさ」

「えっ? 本当ですか? ありがたいけど申し訳ないな……」

「あとで俺から礼しとくから大丈夫。向こうも札幌布教するの大好きな奴だから、好意でやってくれてると思うし」

「いいお知り合いですね」

「あいつが東京に来た時に、グルメ情報を教えたり、予約必須の土産を渡したりしてるから、持ちつ持たれつかな」

「私も遠方の知り合いと、そういう関係になれたらいいな」

「ん? 誰かいるのか?」

「いや、SNSで漫画の話とかしていて、交流のある女性が数人いるんです。住所を教えて誕生日に贈り物とかもしていて、会った事はないけど信頼しています」

「ふぅん、そっか。そういう付き合いもいいもんだな」

「はい。……そうだ、そろそろ足湯、入ってみましょうか」

「おう」

 飲み物を飲み、一切れの焼きりんごを食べたので、私たちは食器を片づけてから一番奥にあるドアを開ける。

 そこは露天の足湯になっていて、寒いけれどその分足湯が気持ちよさそうだ。

 スリッパはラウンジに入る前に脱いでいたので、靴下を脱いでお湯に足を入れる。

「んー……、気持ちいい……」

「マーベラス足湯」

「んぶふっ」

 尊さんの冗談に笑ったあと、私はスマホを出して二人の脚を撮る。

「……匂わせ写真」

「こういうの、逆にやらしいよな。脚だけとか」

「というか、匂わせられても、見せられた側は『けっ』となるだけだろうから、SNSに載せませんけどね」

「女友達は気を遣いそうだな。涼なんていきなりDMで虫の写真送ってくるぞ」

「ギエエ!」

 とっさに悲鳴を上げたあと、いまだに謎な涼さんについて尋ねる。

「虫が好きなんですか?」

「んー、生き物全般好きだな」

「そうなんですね」

「……というか、人間があまり好きじゃないから、人間以外の生き物が好きっていう感じだけど」

「あー。……めちゃくちゃモテてるんでしたっけ」

「目を引く美形だからな。華があるっていうか。それに『自分を嫌う奴には嫌われてもいい』って割り切ってるから、堂々としてる。女性からのモテもまったく気にしないし、常に自然体だ。そんで仕事はバリバリこなすから周囲にも一目置かれてるし、……物凄くモテるな……。『モテたくねぇ』って言ってるんだけど、あいつの生き方そのものが、人を惹きつけるようになってるからなぁ……」

「あんまりヒトに想いを寄せられすぎると、面倒になってその他の生き物に向いちゃうんでしょうか」

「だなー……。『勝手に期待されるのはうんざりだ』みたいな事を零してた」

「尊さんはそういうタイプじゃないし、気楽に付き合えているんでしょうね」

 その時、「涼さんって御曹司だよなぁ……」と思い出していた時、神くんの存在を思いだしてしまった。

 私は溜め息をついて尊さんに寄りかかり、床の上についている手に自分のそれを重ねる。

「どした」

「……旅行で紛れちゃってましたけど、神くん、びっくりしちゃって」

「あぁ、あいつな」

 返事をする尊さんは、『お前のスペックだと洒落にならない』みたいな事を言っていたけれど、特に彼を嫌っている様子はない。

「秘密だったら構わないんですが、どうして御曹司がうちの会社で普通に働いてるか、知りたいです」

「や、あいつは『隠してない』って言ってただろ。言いふらしてないから、話が広まってないだけだ」

「……確かに部署での飲み会で綾子さんとかに『育ちがいいでしょ』って言われて、『そうですね』ってニコニコしてたのは覚えてます。『肯定しちゃうんだ』って思ってたけど、本当に育ちが良かったんだ……」

 神くんの場合、人当たりがいいから逆に皆疑わなかったのかな。

〝可愛いワンコ系後輩〟の立ち位置があまりにしっくりきて、それ以外の何かである想像はできずにいたかもしれない。
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