部長と私の秘め事
「朱里さん、脚綺麗~。触っていい?」

 春日さんはそう言って、私の返事を聞かずに太腿をサワサワ触ってくる。

「若い女の子の肌は違うわぁ~」

「春日さん、おっさんみたいですよ」

 エミリさんが突っ込む。

「いいのよ、こうでもしないと女性の肌を合法的にに触れないんだから」

「『違法なら触れる』みたいな事、言わないでください。ガールズバーにでも行けばいいじゃないですか」

 ガクリと項垂れると、春日さんは目をキラキラさせ、両手を胸の前にかざしてワキワキさせた。

「……あ、朱里さんのおっぱい触ってもいい? 大きくて、ずっと気になっていて……」

「おっさんか!」

 今度こそ私も大きな声で突っ込んでしまった。

「ねぇ~……、いいでしょ? ちょっとだけ」

 春日さんはハァハァ言って、両手を私の胸元ギリギリまで近づける。

「尊さんに怒られます」

「言わなきゃいいじゃない」

「……駄目だこりゃ。春日さん、完全に間男スイッチ入ってる。そのうち『先っちょだけ』とか言い出すわよ」

 エミリさんが呆れたように言い、接近している私と春日さんの写真を撮る。

「……ま、松阪牛ハンバーグあげるから……」

「…………」

「朱里さん? 今ちょっと『胸触らせるだけでハンバーグGETならいいかな?』って思ったでしょ」

 エミリさんに突っ込まれ、私はブンブンと首を横に振る。

 そのあと溜め息をつき、春日さんに胸を突き出した。

「女子同士だし、触るぐらい、いいですよ。減るもんじゃないし」

 言ったあと、私は春日さんの手首を掴み、パフッと胸を触らせた。

「わーお! ……も、揉むからね?」

「よりおっさん臭い」

 エミリさんは深い溜め息をつき、春日さんに胸を揉まれている私の写真を撮る。

「柔らかい~。フカフカ! 包まれたい……」

 春日さんが私の胸元に顔を近づけた時、まるでベリッと引き剥がすようにエミリさんが彼女の肩を引いた。

「はい、酔っ払いそこまで。今の、とりあえず尊さんに送っておいたから」

「わーっ!」

 とんでもない事を聞き、私は悲鳴を上げる。

 あわあわとしてスマホを手にとり、メッセージアプリを開いたけれど、尊さんの反応はない。

 それでもジッと画面を見て待っていると、春日さんが覗き込んできた。

「浮気バレ、何か言われた?」

「何も。…………逆にこの沈黙が怖いです」

 そのあともしばらく尊さんからのメッセージを待っていたけれど、彼の連絡はなかった。

「すぐにカッとなって怒らないのは、ポイント高いわね」

 春日さんは感心したように言い、私から離れてチーズを口に放り込む。

「尊さんは誰よりも大人ですよ」

 私はワインをチビッと飲み、スナック菓子に手を伸ばす。今夜は時間を気にせず食べると決めた。

「…………まー、彼の事情を思うと、怜香さんを陥れるまでずっと我慢して待っていたのは、確かに大人かもね」

 春日さんはそもそもの出会いを思いだし、脚を組んで赤ワインを飲む。

「……その件は今プロの方々が動いていて、いずれ法的な罰がくだされると思います。これでケリがついたと思っているので、私はこれから彼のパートナーとして、つらい事を忘れられるぐらい、幸せにできたらなって思っています」

 そう言うと、エミリさんは微笑んで頷き、無言で私に向かってワイングラスを掲げた。

「彼、好条件のスパダリかもだけど、闇が深いでしょ。それを受け入れられる朱里さんは、懐の深い、いい女だと思うわ」

 先ほどのおっさんを完全に引っ込めた春日さんが、微笑んで私の背中を叩く。

「ありがとうございます。……でも、褒めてもらえるほど人ができてる訳じゃないです。友達はほぼいないし、学生時代は人を避けていた暗い子供だったので」

「友達が多くて、性格が明るい人が偉いわけじゃないわよ? 条件を満たしていても、ヤバイ奴は大勢いるから」

 エミリさんはそう言ってカラリと笑う。

「みんな色々あるのよ。私、金持ちの娘で苦労知らずって思われがちだけど、フツーに悩みがあるもの。誰だって苦労してるの。それを人に見せるか見せないかだけ」

 春日さんが言い、私はこの際だからと挙手して質問した。

「ストレス溜まったらどうしてます?」
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