部長と私の秘め事
「そういえば、朱里さんはまだお会いしてないのよね」
「ご招待を受けて、近いうちにご挨拶する予定でして……。……怖い方ですか?」
尋ねると、エミリさんは腕組みをして首を傾げる。
「第一印象は怖いかも。お父様は風磨さんに似てちょっと優柔不断な感じだけど、お祖父様は矍鑠として意志の強い方よ。曖昧なものを嫌って、白黒ハッキリつけたがる。分かりやすいっちゃ、分かりやすいわね」
「おお……」
私は感嘆の声を漏らし、生ハムをペロリと食べる。
「でも、コツさえ掴めばすぐ打ち解けられるわよ。大きな声でハキハキと挨拶をして、返事は端的に。勧められたものはいただく。その点、朱里さんは食いしん坊だから気に入られるかも」
「も、もおお……」
まさかここでまた指摘されると思わず、私はちょっと赤面する。
「勧められたものは〝物〟も含めるわ。高価な物をいただいても、遠慮せず受け取る。気前のいい方で、人にあれこれ振る舞うのが好きなの。色ぼけジジイじゃないけど、若くて綺麗な女性が好き。でも露出しすぎたり、下品なタイプは好まない。だからそれを踏まえて、服装はきれいめで清潔感のあるワンピースや、ブラウスとスカートの組み合わせがいいと思う。本当は着物で行けたらベストだけど、着慣れていないなら無理はしないほうがいい。そういうのはすぐ見破られるわ」
「はい」
「食品会社の会長さんだから、飲食にまつわる話が好き。美味しいお店の話が好きで、高級料理店は勿論、B級グルメも麺類もファストフードも、なんでも好き。コンビニやスーパーの新商品やレトルトの情報にも精通してる。その辺は、朱里さんは商品開発部だから有利かも。戦時中生まれだから、余計に人々に美味しい物を食べてほしいという気持ちが強いわ。飲食物への敬意が凄い」
私はさすが秘書と言える、エミリさんの情報をありがたく聞いていた。
多分尊さんも、もう少し経ったらお祖父さんについて教えてくれると思う。
でも情報は多いほうがいいし、複数の人から話を聞いて確認できればもっといい。
「貧しさや飢えを知っているから、施しの精神が強い方よ。うちの会社は災害があった時は一番に物資を届けようとするし、炊き出しや募金、子ども食堂などのボランティアも、手厚くやってるでしょ?」
「はい」
自社の情報としては知っていたけれど、会長の個人的な背景を聞くと余計に解像度が上がった。
「その辺りを理解すれば、自然と尊敬の念が生まれるはず。そこを素直に褒めたら、きっと気に入ってもらえるわ」
「はい。教えてくださり、ありがとうございます!」
エミリさんは微笑んだあと、付け加える。
「奥様は……、蟒蛇だわ。物凄い酒豪よ。ニコニコしていて品のいいご夫人だけど、たまにパンチの効いた事を仰るの。大企業の会長夫人をしているし、海千山千。ちょっとやそっとでは怒らないけど、その分〝見定められている〟と思ったほうがいいわね。主に会長が話されるから奥様の事を忘れがちだけど、相槌を打つ姿も、座り姿も、飲食する仕草も、ちゃんとチェックされてる」
「分かりました。心得ます」
頷くと、春日さんが拍手した。
「エミリさんは直接会った経験からだろうけど、やっぱり凄い分析力ね」
褒められた彼女は、照れくさそうに笑う。
「そんな事ありません。ちょっとしたアドバイスです」
もう一つ質問したくて、私は挙手する。
「お祖父様は、尊さんを可愛がっていますか? 親子仲については知っていますが、祖父母との仲については知らなくて……」
「そうね、悪くないと思う。息子の不始末については怒っていたけれど、孫世代は何も関係ない、無実だとお考えだわ。尊さんが篠宮家から距離を置いている事について、無理に仲を取り持たないし、突き放さない。彼の意志を尊重してるわ。……ただ、怜香さんの事が明るみになったあとは、罪悪感が深くなったようね。……彼らは善人で常識人よ」
ひとまず、尊さんが祖父母に受け入れられていると知って安心した。
「お陰で、ご挨拶してもうまくやれそうです」
微笑むと、春日さんがニヤニヤして拍手した。
「いいわね、結婚前の挨拶。で、速水さんとはラブラブ? エミリさんも、風磨さんとラブラブ? お泊まりで女子会なんだから、〝そっち〟の話も勿論してくれるわよね?」
そう言って、春日さんはわざとらしくリング状のスナック菓子を指に嵌めて、スポスポする。
……この人、思った以上におっさんだ!
私は思わずエミリさんと顔を見合わせ、「困ったぞ……?」という顔をする。
「『奢ったんだから』アピールはしたくないけど、お代として何か一つエピソードはちょうだいよ。私、そういうのに飢えてるの!」
いい感じに酔いが回ってる彼女は、胡座をかいている太腿を両手でバンバンと叩く。
「……っていうか、春日さんはどうなんですか? ホテル代も払ったって事は、〝そういう事〟してるんでしょう? 私たち、バブちゃんになった男が、どういうプレイをするのか気になってるんですよね~」
エミリさんが水を向けたけれど、春日さんは上を向いて大きな口を開け、生ハムを食べよう……として固まった。
……おや?
「ご招待を受けて、近いうちにご挨拶する予定でして……。……怖い方ですか?」
尋ねると、エミリさんは腕組みをして首を傾げる。
「第一印象は怖いかも。お父様は風磨さんに似てちょっと優柔不断な感じだけど、お祖父様は矍鑠として意志の強い方よ。曖昧なものを嫌って、白黒ハッキリつけたがる。分かりやすいっちゃ、分かりやすいわね」
「おお……」
私は感嘆の声を漏らし、生ハムをペロリと食べる。
「でも、コツさえ掴めばすぐ打ち解けられるわよ。大きな声でハキハキと挨拶をして、返事は端的に。勧められたものはいただく。その点、朱里さんは食いしん坊だから気に入られるかも」
「も、もおお……」
まさかここでまた指摘されると思わず、私はちょっと赤面する。
「勧められたものは〝物〟も含めるわ。高価な物をいただいても、遠慮せず受け取る。気前のいい方で、人にあれこれ振る舞うのが好きなの。色ぼけジジイじゃないけど、若くて綺麗な女性が好き。でも露出しすぎたり、下品なタイプは好まない。だからそれを踏まえて、服装はきれいめで清潔感のあるワンピースや、ブラウスとスカートの組み合わせがいいと思う。本当は着物で行けたらベストだけど、着慣れていないなら無理はしないほうがいい。そういうのはすぐ見破られるわ」
「はい」
「食品会社の会長さんだから、飲食にまつわる話が好き。美味しいお店の話が好きで、高級料理店は勿論、B級グルメも麺類もファストフードも、なんでも好き。コンビニやスーパーの新商品やレトルトの情報にも精通してる。その辺は、朱里さんは商品開発部だから有利かも。戦時中生まれだから、余計に人々に美味しい物を食べてほしいという気持ちが強いわ。飲食物への敬意が凄い」
私はさすが秘書と言える、エミリさんの情報をありがたく聞いていた。
多分尊さんも、もう少し経ったらお祖父さんについて教えてくれると思う。
でも情報は多いほうがいいし、複数の人から話を聞いて確認できればもっといい。
「貧しさや飢えを知っているから、施しの精神が強い方よ。うちの会社は災害があった時は一番に物資を届けようとするし、炊き出しや募金、子ども食堂などのボランティアも、手厚くやってるでしょ?」
「はい」
自社の情報としては知っていたけれど、会長の個人的な背景を聞くと余計に解像度が上がった。
「その辺りを理解すれば、自然と尊敬の念が生まれるはず。そこを素直に褒めたら、きっと気に入ってもらえるわ」
「はい。教えてくださり、ありがとうございます!」
エミリさんは微笑んだあと、付け加える。
「奥様は……、蟒蛇だわ。物凄い酒豪よ。ニコニコしていて品のいいご夫人だけど、たまにパンチの効いた事を仰るの。大企業の会長夫人をしているし、海千山千。ちょっとやそっとでは怒らないけど、その分〝見定められている〟と思ったほうがいいわね。主に会長が話されるから奥様の事を忘れがちだけど、相槌を打つ姿も、座り姿も、飲食する仕草も、ちゃんとチェックされてる」
「分かりました。心得ます」
頷くと、春日さんが拍手した。
「エミリさんは直接会った経験からだろうけど、やっぱり凄い分析力ね」
褒められた彼女は、照れくさそうに笑う。
「そんな事ありません。ちょっとしたアドバイスです」
もう一つ質問したくて、私は挙手する。
「お祖父様は、尊さんを可愛がっていますか? 親子仲については知っていますが、祖父母との仲については知らなくて……」
「そうね、悪くないと思う。息子の不始末については怒っていたけれど、孫世代は何も関係ない、無実だとお考えだわ。尊さんが篠宮家から距離を置いている事について、無理に仲を取り持たないし、突き放さない。彼の意志を尊重してるわ。……ただ、怜香さんの事が明るみになったあとは、罪悪感が深くなったようね。……彼らは善人で常識人よ」
ひとまず、尊さんが祖父母に受け入れられていると知って安心した。
「お陰で、ご挨拶してもうまくやれそうです」
微笑むと、春日さんがニヤニヤして拍手した。
「いいわね、結婚前の挨拶。で、速水さんとはラブラブ? エミリさんも、風磨さんとラブラブ? お泊まりで女子会なんだから、〝そっち〟の話も勿論してくれるわよね?」
そう言って、春日さんはわざとらしくリング状のスナック菓子を指に嵌めて、スポスポする。
……この人、思った以上におっさんだ!
私は思わずエミリさんと顔を見合わせ、「困ったぞ……?」という顔をする。
「『奢ったんだから』アピールはしたくないけど、お代として何か一つエピソードはちょうだいよ。私、そういうのに飢えてるの!」
いい感じに酔いが回ってる彼女は、胡座をかいている太腿を両手でバンバンと叩く。
「……っていうか、春日さんはどうなんですか? ホテル代も払ったって事は、〝そういう事〟してるんでしょう? 私たち、バブちゃんになった男が、どういうプレイをするのか気になってるんですよね~」
エミリさんが水を向けたけれど、春日さんは上を向いて大きな口を開け、生ハムを食べよう……として固まった。
……おや?