部長と私の秘め事
 春日さんはしばし固まったあと、生ハムを口に入れ、もっしゃもっしゃと食べながら、私たちを見ずに遠くに視線を向ける。

「……何かありました?」

 コソッと囁くと、彼女はもんのすごい顔をして私を見てきた。

 はい、何かあった顔ですね。

「この女子会でしか吐けない愚痴がある」

 エミリさんが何かのキャッチコピーのように言い、キリッとした顔で春日さんにサムズアップしてみせる。

「言いづらい事かもしれないけど、吐くなら今ですよ? すべてここだけの話ですし、外部には広がりません。愚痴を吐くなら今!」

 私もテレビショッピングの司会のように畳みかける。

 春日さんはしばらく私を見て固まっていたけれど、ガクッと項垂れて呟く。

「………………ないの…………」

「はい?」

 よく聞き取れなかった私は、彼女の顔を覗き込む。

 すると、春日さんはガバッと顔を上げ、私の両手を掴んで訴えかけてきた。

「してないの!」

「はい!?」

「セックス! してない!」

 春日さんはこの世の終わりみたいな顔をして白状したあと、「ああああああ……」と呪いのビデオから出てくるような声を上げて私に寄りかかってくる。

 エミリさんはオリーブをポンと放って口でキャッチし、冷静に言う。

「ド下手だったんですか?」

 彼女はエミリさんに助けを求めるような目を向けてから、私の手を握ったままボソボソと話し始めた。

「……してないから、処女で慣れてないわけよ。愛撫されても慣れてないし、羞恥のほうが上回って、怒りに似た感情がこみ上げてくるの」

 ……あぁ、大分こじらせてる。

「しかも『気持ちいい?』なんてハァハァしながら尋ねてくるから、くっそ腹立って、めっちゃ低い声で『気持ちくないわよ、ど下手くそ』って言っちゃうの。……一発で泣いて帰るわね。…………そのあとルームサービスで頼んだ、シャンパンの苦さときたら……」

 しみじみと言う春日さんの話を聞き、エミリさんが耐えきれずに噴き出し、咳き込んでから笑い始めた。

「……っ、ごめ……っ! 駄目だ……っ、おっかし……っ」

「むっぷん」

 我慢してたのに、エミリさんが笑うもんだから、私も横を向いて全力で口をひん曲げ、鼻水をブヒュッと噴射してしまった。

「ほら笑った~~~~」

 春日さんはぶっすー! とふてくされ、パーティー開けしてあるポテチを鷲掴みにして口の中に突っ込んだ。

 私たちが笑い転げてる間、春日さんはバリバリとポテチを食べ、シャンパンを手酌して一気飲みしてから言った。

「だから私は成功者の話を聞きたいの! 恥を忍んで私の話をしたんだから、言え!」

 あまり虐めるのも可哀想なので、ひとしきり笑った私とエミリさんは、顔を見合わせてから「どっちから言う?」と視線を交わし合う。

 笑ってしまったのは確かだし、多少の申し訳なさもあるので、私から挙手して口を開いた。

「私、人様に偉そうに言える経験者じゃないんですよ。尊さんは二人目の彼氏で、一人目は……うーん……、独りよがりな感じで痛かったです。いわゆるガシガシ系で、一人で盛り上がって一人で先にイッて、私の気持ちよさなんて考えてくれなかった。それこそ、春日さんのお相手みたいに『気持ちいい?』って聞くだけ聞いて、あとは無視……みたいな感じでしたね」

「……でも速水さん、上手いんでしょ? あの人は顔がやらしい」

「ぶふぉっ」

「顔がやらしい」と言われて、私は噴きだしてしまい、ちょっとツボに入ってソファに倒れ込んでプルプル震える。

 ひとしきり笑ったあと、起き上がった私はどこまで言おうか考えながら、ボソボソと話し始める。

「……うーん、尊さんは私の事を凄く考えてくれるんですよ。『お決まりの手順をやればいいや』じゃなくて、私の反応を見て『ここが気持ちいいんだ』って理解して愛撫してくれます」

 その言葉に、エミリさんが頷いた。

「相手ありきよね。私は割と言いたい事を言うタイプだから、風磨さんを傷つけない範囲で『こうしてほしい』って自分の意見を言うかな。『そうじゃない』って否定しないのはマスト」

 春日さんは脚を組み、真剣な顔で尋ねてくる。
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