部長と私の秘め事

ホワイトデー

 三月十四日のホワイトデー当日は、平日なので仕事をこなし、帰りにお高級なフレンチレストランで食事をした。

 その上、美味しいチョコレートとマカロン、クッキーをプレゼントしてもらった。

「ホワイトデーのお返しって、贈る物で意味が違うの知ってます?」

 帰りのハイヤーの中で、私は不意に思いついて尋ねる。

「あー、なんか小学生の時に女子が言ってたな」

「マカロンが『特別』、キャンディが『好き』、クッキーは『友達』、マシュマロは『嫌い』」

「へぇ……」

 改めて教えてもらった尊さんは、興味深そうに聞いている。

「そーしーてー……。チョコレートは『もらった気持ちをお返しします』! あはは!」

「はぁ? ……ったく……。朱里はそんなの構わず食うよな?」

「当然の助です」

 グッと拳を握ると、尊さんは少し黙ったあと、ややうろたえて言う。

「今回は評判のいいパティスリーでまとめて買ったんだけど……。マカロンが代表な。残りはサブ」

「んふふ、気にしてる~」

 ツンツンとつつくと、尊さんは溜め息をつく。

「そういえば、時沢にもなんかもらってたな」

 今日の職場での事を思いだした尊さんが言い、私は「あー」と頷いて手荷物を見る。

「バレンタインに、あまりにしつこいからパキットチョコをあげたんですよ。なのに高級な焼き菓子セット持ってきたから、びっくりしちゃった」

 紙袋は海外ブランドの物で、値段の差がありすぎて気後れしてしまう。

「焼き菓子の意味は?」

 尊さんが気にする。

「んー、マドレーヌが『もっと仲良くなりたい、特別な関係になりたい』だったかな。時沢係長がそこまで考えていると思えませんけど」

「どうかな。あいつ結構乙女なところがあるから。……あと、六条からももらってた?」

「……目ざといですね。六条さんとは付き合いが長くて、毎年もらってます。今年はなんだろ……。『出張のお土産』って言ってたんですけど」

 そう言って私は深緑色の紙袋からカサリと包みを出す。

 開けると、中から金平糖が出てきた。

「あら可愛い」

「あー、それ、京都の『緑寿庵清水(りょくじゅあんしみず) 』だろ」

「知ってるんですか?」

「日本で唯一の金平糖専門店だからな。京都のお土産と言えば……で、知ってる人には選ばれる」

「へぇ。お高級そう。心して大切に食べようっと」

 金平糖をしまいつつ言うと、尊さんがジトリとした目で聞いてくる。

「金平糖の意味は?」

「ん? ……飴ちゃんと同じ位置づけじゃないでしょうか。……いや、でも出張のお土産って言ってましたし、センスのいい人だからあまり意味はないですって」

 キャンディと同じ『好き』の意味を思いだし、私は誤魔化すために胸の前でパタパタと手を振る。

 そう言ったんだけれど、尊さんは腕組みして無言になり、考え込んでしまった。

「んも~、気にしいだなぁ……」

 私は尊さんの脇腹を指でクリクリとつついていじる。

 するとギュッと手を握られ、ジロリと睨まれた。

 ――けど、彼は「あ」という顔をして尋ねてくる。

「神は?」

「んー、…………もらいました」

 私は少し気まずいながらも答えて、お返しをもらった時の事を思い出す。

 バレンタイン当日、私は仕事が終わったあとに神くんをビルの展望台に呼び出し、痴漢から助けてくれたお礼込みでチョコを渡した。

 その時少し食い下がられたけど、『ごめんなさい』を言った。

 でもさすが尊さんが目を掛けている神くんだけあって、『またいつも通りお願いします』と言ってくれて今に至る。

 彼の気持ちを思うと、余計な事をしないほうが良かったのかもしれない。

 でも痴漢から助けてもらったお礼を何もせずに済ますのは嫌だ。

 けど、これは私のエゴかもしれない。

「時間を掛けて忘れていくしかないな」と思っていたらホワイトデーになり、神くんから一か月前と同じ場所に呼び出され、お返しのお菓子をもらった次第だ。

「……でも『これで最後です』って言ってました。私は助けてもらったお礼も込みで、ちょうど二月だったからチョコをあげたんです。だからお返しに……って事らしくて。来年からはお互い何もなしです」

「そうか……」

 尊さんは溜め息をつき、少しの間、窓の外を見て何か考えていた。

「……まぁ、それでいいんじゃないか? 気まずさはあるだろうけどお互い大人だし、気持ちに折り合いをつけて次にいくもんだ」

「はい」

 私は脚を組み、「ふー……」と溜め息をつく。

 と、尊さんが私の手を握り、その甲にチュッとキスをしてきた。

「週末は俺とのデートだから、他の男の事考えるなよ?」

「……は、はい」

 私は近づけられた顔の良さにポッと赤面しつつ、つい運転手さんの反応を気にしてバックミラーを見てしまう。

 けれど運転手さんはこういうのには慣れているのか、まっすぐ前を見たままだった。



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