部長と私の秘め事
 土曜日のデートの日、私はキャミソールの上にグレージュのシースルーニットを着て、春らしいラベンダーカラーのマーメイドスカートを穿いた。

 髪は一本に纏めてくるりんぱをし、毛先を軽く巻くと、トレンチコートを羽織る。

「お待たせです」

 リビングに行くと、尊さんはすでに支度を終えて待っていた。

「おう」

 彼は白ニットに黒いジャケット、黒いテーパードパンツというモノトーンコーデだ。

(……この男、何を着てもさまになる……)

 私はスッ……とスマホを出し、何も言わずにパシャッと彼を撮る。

「チェキ代とるぞ」

 尊さんはクシャッと笑い、自分もスマホを出して私を撮影する。

「尊さんにファンサしてもらえるなら、課金しますよ」

「無課金でファンサするよ」

 ソファから立った尊さんは、改めて上から下まで私を見て頷いた。

「今日も推しが可愛くてつらい」

「あははっ!」

 尊さんがアイドルオタクみたいな事を言うからおかしくて、私はつい笑ってしまう。

「さて、行くか」

「推しとのデートですね」

 推しネタを引っ張ると、尊さんは苦笑する。

「過激派に刺されるな」

「やだもー」

 そんな会話をしながら、私たちは玄関に向かった。



**



 ハイヤーの中で、尊さんが言う。

「急で悪いけど、今日は婚約指輪と結婚指輪を決めたいと思って」

「えっ? 本当に急ですね」

「銀座に行けばティファニーやカルティエ、ヴァンクリと色々店舗があるから、順番に回って見てみよう」

「わぁ……」

 銀座、それに名だたるハイジュエリーブランドの名前が出て、私は目を丸くする。

「普通の格好だけど大丈夫かな?」

「結婚指輪って普段つけるもんだから、普段着の雰囲気が分かったほうがいいだろ」

「確かに」

 うんうんと納得した時、尊さんが言いにくそうに付け足した。

「それでこっちも急なんだけど、買い物が終わったあと、小牧ちゃんの店に行っていいか?」

「えっ?」

 速水家のご親戚に挨拶する話はしていたけれど、また日を改めてするのかと思っていた。

「どっ……、どどど、どうっ」

「落ち着け」

 尊さんは私の太腿に手を置き、ぺんぺんと軽く叩く。

「今朝、ちえり叔母さんから催促のメッセージがあったんだ。先日祖父様たちのところに連れていったと言ったら『ずるい』って言われて……」

「……割とお茶目な方なんですね」

 ボソッと言うと、尊さんは苦笑いした。

「多分、俺の母親代わりみたいな気持ちでいるんだろうな。数か月に一度、近況報告も兼ねて食事をしてるけど、今年に入ってから一度も会ってない。本来なら一月に新年の挨拶すべきだったけど、ゴタゴタしていたから」

「あー……、ですね」

 一月は本当に怒濤で、あの出来事があったあとに、ニコニコして速水家の方々の前には出られなかっただろう。

 尊さんは努めて普通に過ごしていたけれど、心の中は荒れ狂っていたに違いないから。

「『俺はともかく、朱里は心の準備ができてないと思う』とは言ったけど、『いいからいいから』で押し切られて、急遽お邪魔する事にした。店は貸し切りにしてくれるってさ」

「じゃ、じゃあ、指輪の前に、何かとっておきのお土産を買っておかないと」

「あまり気にしなくていい。そういうのを気にする人たちじゃないから」

「でも……」

 初対面なのに手土産を持っていかないなんて失礼だ。

「じゃあ、何か良さそうな物を買っていこう」

「はい」

 ホッとして頷いた私は、「今日も一日大変そうだぞ」と気合いを入れた。
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