部長と私の秘め事
 まだ名乗っていないし誰も紹介していないのに、百合さんは一目見ただけで尊さんが自分の孫だと理解したみたいだった。

 ちえりさんは、さゆりさんとそっくりらしいし、私の目から見ても尊さんとちえりさんは顔立ちが似ているように感じる。

 だから親族となるともっと「似ている」と感じるのだろう。

 祖父である将馬さんも立ち上がり、尊さんを見て目を丸くする。

 リビングに沈黙が降りた時、裕真さんが両親に声を掛けた。

「父さん、母さん。何も言わずに尊を連れてきてすまない。この場にいる全員、今日彼が来る事を知っていた。驚かせただろうし、今さらと思うかもしれない。でも父さんたちにも尊にも、これ以上後悔してほしくないんだ。……だから受け入れてくれないか?」

 百合さんは長男の言葉を聞き、もの言いたげな表情で溜め息をついてから、再びソファに座った。

「……座りなさい」

 静かに言われ、尊さんは黙礼する。

 そのあと彼は「失礼いたします」と言って百合さんの前まで進み出て、床に膝をつくと花束を差しだした。

「突然の不躾な来訪をお詫び申し上げます。毎年六月二十七日が訪れるたびに、母は『お祖母ちゃんの好きな花で、名前にもなっているのよ』と言って百合の花を買っていました。……本当は百合の花を直接渡したいとも言っていました。……ですから、母からの気持ちも込めて俺から。……どうか受け取ってください」

 尊さんが道すがら花屋で買った花束は、白百合を主体にした清楚で品のある物だた。

 百合に似たアマリリスやプクンとした蕾や丸っこい花弁が可愛らしいフリージア、清楚ながら華麗なラナンキュラスに、母に捧げる象徴といえるカーネーション、ヒラヒラとした儚げなスイートピー、そしてスッと茎の長いカラー。

 豪華ながら美しい花束を見て、百合さんは泣きそうに表情を歪め、――「ありがとう」とお礼を言って花束を受け取った。

「……綺麗ね」

 百合さんは花束を見て微笑んだあと、的場さんに「活けてちょうだい」と手渡した。

 そのあと、皆さんが席を空けてくれたので、私たちは百合さんと将馬さんと話しやすい席に腰かけさせてもらった。

 的場さんが花束を持ってリビングを出たあと、ちえりさんが「お茶を淹れるわ」と言って立ちあがる。

 けれど小牧さんが「私のほうがうまいから」と言ってキッチンに向かった。

 彼女がお茶の用意をする音が聞こえるなか、百合さんは吐息混じりに言った。

「……何から話せばいいのかしらね」

 彼女はあきらかに驚き、動揺しているけれど、困惑や喜びもあるみたいで、その表情は様々な感情で揺れている。

 溜め息をついたあと、百合さんは私を見て微笑んだ。

「あの時はありがとう。偶然だったの?」

「はい。あの、私、上村朱里と申します。尊さんとは同じ会社の、同じ部署で働いています。お付き合いを経て今は婚約者となり、札幌でお会いした時は一緒に旅行をしていました」

 説明すると、彼女は「凄い偶然ね」と驚いたように笑う。

「尊とはうまくやれているの? 優しくしてもらえている?」

「はい。この上なく優しくて尊敬できる人です。彼以上に素敵な男性を知りません」

「そう……」

 頷いた百合さんは、私と話す事で、尊さんとの会話を引き伸ばしているように感じられた。

 小牧さんたちは『もう八十一歳』と言って、昔のような気力はないと言っていた。

 そうなのだろうけど、実際に会うまでは尊さんから聞いていた話の印象が強く、とても厳しい人なのかと思っていた。

 だから、会うなり「出ていけ」と怒鳴られる覚悟も持っていた。

 でも対面してみれば、百合さんはたおやかな印象の老婦人だ。

 年齢より若く見えるけれど、深い悲しみと絶望を経験した彼女は、あまり元気がないように見える。

 今なら小牧さんたちが、祖母を『穏やかな人』と言っていたのがよく分かる。

 きっと尊さんは、さゆりさんが勘当された事と、母と妹の葬儀後も何も言ってこない事で、「祖母は厳しくて怖い人に違いない」と思い込んでいたのではないだろうか。

 実際、百合さんは娘を勘当したし、尊さんを迎えようとしなかった。

 でもそれは怒りや憎しみからではなく、深い悲しみと絶望の谷底にいたがゆえに、身動きが取れなかったからかもしれない。

 祖母と孫は、言葉を交わせない遠い場所にいたまま、お互いに壁を感じていた。

 顔を見て話せない間、尊さんは祖母のイメージを大きく膨らませすぎてしまった。それは百合さんも同じだ。

 ――それを今日、修正していくんだ。
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