部長と私の秘め事
(頑張れ、尊さん)

 私は心の中でエールを送り、いま口にした言葉を肯定するようにニコッと笑った。

 百合さんは私に微笑み返し、小さく息を吐いてから尊さんを見る。

 皆さんが見守るなか、彼女は少し言葉を迷わせてから尋ねた。

「……元気だったの?」

 その問いに尊さんもぎこちなく答える。

「色々と精神的にやられた時期はありましたが、概ね元気です。大きい怪我や病気はしていません。健康診断も太鼓判を押してもらっています」

「そう」

 尊さんは祖母の短い返事を聞いてから何かを言おうとして息を吸い、小さく吐いてはまた吸う。そして意を決して尋ねた。

「……お、…………ゆ、…………百合さんは、…………お元気でしたか?」

 小牧さんたちは、〝お祖母ちゃん〟と言おうとして失敗した尊さんの言葉を聞いて溜め息をつく。

 彼の問いを聞いて、百合さんは微笑んだ。

「……私が言う資格はないかもしれないけれど、他人行儀な呼び方はよしてちょうだい。……あなたにはみんなと同じように、お祖母ちゃんって呼ぶ資格があるわ。孫なんですもの」

「…………っ」

 その言葉を聞いて、尊さんは息を震わせながら吸い、俯いて黙る。

 耳まで真っ赤になって涙を堪える彼の横顔を見ると、私までウルッとしてしまう。

「…………じゃあ、…………お祖母、……ちゃん……」

 私は赤面してボソッと言った尊さんが愛しくて、彼を抱き締めてめちゃくちゃ頭を撫でてあげたくなる。

 速水尊が可愛いなんてなかなかなくて、シリアスな場面だというのに情緒が大変だ。

 ちえりさんはズッと洟を啜り、ティッシュで洟をかむ。

 百合さんはせつなげに微笑んだあと、溜め息をついた。

「あなたにはつらい思いをさせたわね。……憎かった訳じゃないのよ。さゆりと大喧嘩して勘当すると言ったあと、あの子がシングルマザーになったと聞いて手を差し伸べたくなったわ。でも突っぱねられるのが怖くて、声を掛けられなかった」

 やっぱり、思っていた通り百合さんはずっとさゆりさんを気に掛けていたんだ。

 そして助けたいと思っても、確執を生んでしまった以上怖かったんだろう。

 芸術家気質の人だからこそ、普通の親より不器用で繊細なのかもしれない。

「さゆりの所にはちえりが顔を出していたから、何かあれば教えてくれると楽観視していた。…………でも。…………急だったわね」

 悲しげに溜め息をついた百合さんは、視線を上げて広いリビングの隅にあるサイドボードを見る。

 その上には家族写真が沢山飾ってあり、中にはさゆりさんとおぼしき若い女性の写真もあった。

「仏壇と位牌は仏間にあるわ。あとで手を合わせて」

 百合さんに言われ、私はハッとする。

 事故後、尊さんは篠宮家に引き取られたけれど、さゆりさんのお骨や位牌等は速水家の管理下にある。

 尊さんは篠宮家に行くまで入院していて、四十九日の間、彼はお母さんと妹のお骨の側にいてあげられなかった。

 そして納骨後も、位牌に手を合わせられなかったんだ。

(どうして今まで気づかなかったんだろう。……あのマンション、さゆりさんとあかりちゃんとの家族写真すらなかった気がする)

 大事な事に気づかなかった自分が情けなく、私は顔を青ざめさせる。

 尊さんを見ると、彼は私の考えを悟ったように微笑み、手をさすってきた。

「ありがとうございます。あとで拝ませてもらいます」

「私も拝ませてください」

 百合さんは頷いたあと、尊さんを見つめて尋ねた。

「年明けに篠宮家が大変な事になったようだけど、あれはあなたがやったの?」

「はい。証拠を集めて母と妹を殺すよう指示した者に、法の裁きを受けさせたいと思い、篠宮ホールディングスが大打撃を受ける事も承知の上で、決着をつけました」

 尊さんは祖母を見つめ返し、淀みなく答える。

 百合さんはしばらく尊さんを見つめていたけれど、力を抜くように息を吐き、小さく微笑んだ。

「よくやったわ。私たちは真実を知らず、あなたが篠宮家で虐待を受けていた事にも気付けなかった。立場上、継母に快く思われていないのは察したけれど、篠宮家の中で何が起こっていたかは分からなかったから……」

 その声には深い後悔と悲しみが滲んでいる。

「……あなたが篠宮ホールディングスに入社したと知ったあと、上手くやれているのかもしれないと思った。だから篠宮家の人間として生きていくのだと思っていたけれど……」

 百合さんはそこまで言い、溜め息をついた。

「気付けなかった私を許してちょうだい」
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