部長と私の秘め事
尊さんが望むならいつでもイチャイチャしたいけど、時には沈黙も必要だ。
彼はサービス精神旺盛な人だから、常に私を喜ばせようとするだろう。
……多分だけど、尊さんは私にとても気を遣っている。
無理している訳じゃなくて、一緒にいると自然体でいられると言ってくれたのは事実だと思う。
でも彼は失う怖さを知っているから、私に飽きられないよう、他所を向かれないよう、無意識に〝良く〟振る舞っているところもあるんじゃないだろうか。
そこを指摘してどうこうしたいわけじゃなく、彼が自分の事を優先している時ぐらいは、沈黙していられる彼女でありたいな、と思っていた。
私はしばらくスマホをチェックして通知を確認し、そのあと電子書籍で漫画を読み始めた。
少女漫画を夢中で読んでキュンキュンしていると、尊さんが「はぁ……」と溜め息をついてアイマスクを取った。
顔を上げると、彼はぼんやりした表情で天井を見てから、緩慢な動作でサイドポケットからリモコンを出し、リクライニングを戻す。
「おはようございます。空の旅は快適でしたか?」
ちょっと冗談を言うと、尊さんは破顔する。
「いつからCAになったんだよ。……いや、プライベートジェットで朱里がCAになってくれるの、いいな……」
「イメクラですか」
私は突っ込んだあと、スマホを閉じてテーブルの上に置く。
「朱里」
「はい?」
呼ばれて起き上がると、彼は私をちょいちょいと手招きして自身の腿を叩く。
「抱っこを所望ですね」
「猫をモフる」
「んふふ、モフモフじゃないですけどね」
彼の膝の上に横向きに乗り、膝を肘掛けにのせると、尊さんが優しく抱き締めてきた。
尊さんは私の髪をサラサラと弄び、お風呂上がりの匂いをそっと嗅ぐと、頬ずりしてくる。
「ん? 今日は甘えん坊ですね」
「朱里マ…………、いや」
「ん?」
途中で止まった言葉に首を傾げ、顔を覗き込むと、尊さんはばつの悪そうな顔でそっぽを向く。
「何でもない。今のは失言だった。あまりにキモかった」
その言葉を聞いて、ピーンときてしまった。
「はーい、朱里ママでちゅよ~!」
「やめろ」
思いきり明るい声で言うと、尊さんは顔の前で手をパタパタ振り、さらに横を向く。
「んっふふふふ。気づきましたか。私の内なる母性に。おっぱいでちゅよ~!」
「やめろって。悪かった。本当に自分がキモくなるから許してくれ」
ふふふ……。この男、意外と押しに弱い。
「ぱふぱふの続きしますか?」
私は冗談混じりに尋ねてみる。
もしかしたら自分から誘ったのって初めてかもしれなくて、ちょっとドキドキしてる。
尊さんは愛しげな目で私を見つめたあと、優しく抱き締めてきた。
「したい。…………でもどっちかというと、今日は朱里の心がほしい」
「ん?」
心と言われ、私は目を瞬かせる。
「……ちょっと感傷的になっちまってるんだ。抱き締めて、キスさせてほしい。朱里を大事にさせてほしい。……そういう気分なんだけど、いいか?」
優しい言い方をされ、私は思わずにっこり笑っていた。
「いいですよ。たっぷり可愛がってください」
返事をした私は、パフッと尊さんに抱きついた。
エッチのお誘いをして断られたらショックかも……、と思っていたけれど、尊さんの言い方はとても優しくて、まったく嫌な気持ちにならなかった。
多分、断られると拒絶された気持ちになるから傷付くのだろう。
尊さんはエッチはしないけど別の形で私を求めてくれたので、まったくネガティブに捉えなかったのだと思う。
「もう少しで副社長と秘書になりますね」
話題を変えると、尊さんは小さく笑う。
「だな。気を引き締めていかねぇと」
「まだ辞令出ませんね」
「多分そろそろだと思う。上もバタバタしてるしな。先日エミリからメッセージがあったけど、風磨は多忙を極めてゾンビ状態らしい。社長に就任したあとは、風磨の名義で取引先や株主に挨拶状を出さないとならないし、諸々の事情説明も必要になるしな。会社としての名義変更が必要になるから、エミリもゾンビ確定だな」
「ああ……」
私はエミリさんを思い、溜め息をつく。
もしも第二回女子会があったら、彼女から色んな愚痴を聞けそうだ。
(いや、でもエミリさんは仕事の愚痴はあまり言わなそうだな。その辺はちゃんと線引きしてて、自分の中で昇華してそう)
そう思いつつ、我が事になると溜め息しか出ない。
「エミリさんがゾンビという事は、私と尊さんもゾンビですよ。……というか最近、尊さんが疲れてるのも、風磨さんから引き継ぎがあるからでしょう? いつも通り振る舞ってますけど、なんとなく滲んでますもん」
「みんなで仲良くゾンビだな……」
尊さんがボソッと呟いたので、思わず笑ってしまった。
「そのうち社長就任パーティーもあると思うし、忙しくなるな」
「秘書として誠心誠意お支えしますとも」
私もメッセージアプリでエミリさんからちょいちょい連絡を受け、秘書の仕事がどういうものか教えてもらっている。
正式な引き継ぎは四月に入ってからになるけれど、その前に雰囲気や基本的な情報を教えてもらえるのはありがたい。
「パーティー、美味しい物出るかな」
ご馳走を想像して呟くと、尊さんはクスッと笑った。
「多分、大きいホテルの広間でやるから、結構いいもん食えると思うぜ」
「よし!」
両手の拳をグッと握ると、尊さんは「スクスク育てよ」と笑ったのだった。
**
翌日出社すると、辞令が出ていた。
念のため確認すると予定通り尊さんは副社長に、私は秘書課所属、副社長秘書になっていた。
(とうとうか……)
掲示されている紙を見終わった私は、そのまま商品開発部のフロアに向かった。
けど――。
(う……っ」
フロアに入った瞬間、刺すような視線を感じ、私はたじろぐ。
彼はサービス精神旺盛な人だから、常に私を喜ばせようとするだろう。
……多分だけど、尊さんは私にとても気を遣っている。
無理している訳じゃなくて、一緒にいると自然体でいられると言ってくれたのは事実だと思う。
でも彼は失う怖さを知っているから、私に飽きられないよう、他所を向かれないよう、無意識に〝良く〟振る舞っているところもあるんじゃないだろうか。
そこを指摘してどうこうしたいわけじゃなく、彼が自分の事を優先している時ぐらいは、沈黙していられる彼女でありたいな、と思っていた。
私はしばらくスマホをチェックして通知を確認し、そのあと電子書籍で漫画を読み始めた。
少女漫画を夢中で読んでキュンキュンしていると、尊さんが「はぁ……」と溜め息をついてアイマスクを取った。
顔を上げると、彼はぼんやりした表情で天井を見てから、緩慢な動作でサイドポケットからリモコンを出し、リクライニングを戻す。
「おはようございます。空の旅は快適でしたか?」
ちょっと冗談を言うと、尊さんは破顔する。
「いつからCAになったんだよ。……いや、プライベートジェットで朱里がCAになってくれるの、いいな……」
「イメクラですか」
私は突っ込んだあと、スマホを閉じてテーブルの上に置く。
「朱里」
「はい?」
呼ばれて起き上がると、彼は私をちょいちょいと手招きして自身の腿を叩く。
「抱っこを所望ですね」
「猫をモフる」
「んふふ、モフモフじゃないですけどね」
彼の膝の上に横向きに乗り、膝を肘掛けにのせると、尊さんが優しく抱き締めてきた。
尊さんは私の髪をサラサラと弄び、お風呂上がりの匂いをそっと嗅ぐと、頬ずりしてくる。
「ん? 今日は甘えん坊ですね」
「朱里マ…………、いや」
「ん?」
途中で止まった言葉に首を傾げ、顔を覗き込むと、尊さんはばつの悪そうな顔でそっぽを向く。
「何でもない。今のは失言だった。あまりにキモかった」
その言葉を聞いて、ピーンときてしまった。
「はーい、朱里ママでちゅよ~!」
「やめろ」
思いきり明るい声で言うと、尊さんは顔の前で手をパタパタ振り、さらに横を向く。
「んっふふふふ。気づきましたか。私の内なる母性に。おっぱいでちゅよ~!」
「やめろって。悪かった。本当に自分がキモくなるから許してくれ」
ふふふ……。この男、意外と押しに弱い。
「ぱふぱふの続きしますか?」
私は冗談混じりに尋ねてみる。
もしかしたら自分から誘ったのって初めてかもしれなくて、ちょっとドキドキしてる。
尊さんは愛しげな目で私を見つめたあと、優しく抱き締めてきた。
「したい。…………でもどっちかというと、今日は朱里の心がほしい」
「ん?」
心と言われ、私は目を瞬かせる。
「……ちょっと感傷的になっちまってるんだ。抱き締めて、キスさせてほしい。朱里を大事にさせてほしい。……そういう気分なんだけど、いいか?」
優しい言い方をされ、私は思わずにっこり笑っていた。
「いいですよ。たっぷり可愛がってください」
返事をした私は、パフッと尊さんに抱きついた。
エッチのお誘いをして断られたらショックかも……、と思っていたけれど、尊さんの言い方はとても優しくて、まったく嫌な気持ちにならなかった。
多分、断られると拒絶された気持ちになるから傷付くのだろう。
尊さんはエッチはしないけど別の形で私を求めてくれたので、まったくネガティブに捉えなかったのだと思う。
「もう少しで副社長と秘書になりますね」
話題を変えると、尊さんは小さく笑う。
「だな。気を引き締めていかねぇと」
「まだ辞令出ませんね」
「多分そろそろだと思う。上もバタバタしてるしな。先日エミリからメッセージがあったけど、風磨は多忙を極めてゾンビ状態らしい。社長に就任したあとは、風磨の名義で取引先や株主に挨拶状を出さないとならないし、諸々の事情説明も必要になるしな。会社としての名義変更が必要になるから、エミリもゾンビ確定だな」
「ああ……」
私はエミリさんを思い、溜め息をつく。
もしも第二回女子会があったら、彼女から色んな愚痴を聞けそうだ。
(いや、でもエミリさんは仕事の愚痴はあまり言わなそうだな。その辺はちゃんと線引きしてて、自分の中で昇華してそう)
そう思いつつ、我が事になると溜め息しか出ない。
「エミリさんがゾンビという事は、私と尊さんもゾンビですよ。……というか最近、尊さんが疲れてるのも、風磨さんから引き継ぎがあるからでしょう? いつも通り振る舞ってますけど、なんとなく滲んでますもん」
「みんなで仲良くゾンビだな……」
尊さんがボソッと呟いたので、思わず笑ってしまった。
「そのうち社長就任パーティーもあると思うし、忙しくなるな」
「秘書として誠心誠意お支えしますとも」
私もメッセージアプリでエミリさんからちょいちょい連絡を受け、秘書の仕事がどういうものか教えてもらっている。
正式な引き継ぎは四月に入ってからになるけれど、その前に雰囲気や基本的な情報を教えてもらえるのはありがたい。
「パーティー、美味しい物出るかな」
ご馳走を想像して呟くと、尊さんはクスッと笑った。
「多分、大きいホテルの広間でやるから、結構いいもん食えると思うぜ」
「よし!」
両手の拳をグッと握ると、尊さんは「スクスク育てよ」と笑ったのだった。
**
翌日出社すると、辞令が出ていた。
念のため確認すると予定通り尊さんは副社長に、私は秘書課所属、副社長秘書になっていた。
(とうとうか……)
掲示されている紙を見終わった私は、そのまま商品開発部のフロアに向かった。
けど――。
(う……っ」
フロアに入った瞬間、刺すような視線を感じ、私はたじろぐ。