部長と私の秘め事
牧原綾子
あからさまに闘争心を燃やしている人はいないけれど、険の籠もった鋭い視線を送られれば、嫌でも感情が伝わってくる。
(……そりゃあ、抜け駆けされたって思うだろうなぁ……)
予想はしていたけど、実際にこういう目を向けられるとつらい。
今までも神くんに優しくしてもらったり、係長に誘われている私は要注意人物みたいだったけれど、彼らに媚びていなかったから許されていた感はあった。
でもみんなの大好きな速水部長がいなくなり、それと一緒に私が彼の側で秘書をやり始めるなんて聞けば、彼女たちだって穏やかでないはずだ。
「おはよー」
先に来ていた恵に挨拶をされると、「おーっす」と返事がくる。
席についてパソコンを起動させていると、恵がスーッと椅子を移動させて囁いてきた。
「修羅場注意報」
「うす」
忠告を受け、私は短く返事をする。
そのうち時間差で尊さんが来たけれど、彼は普通にデスクの間を突っ切って部長室に入り、自分のデスクについた。
女性社員は尊さんをうっとりした目で見て、「御曹司」「副社長」と呟いている。
そのあとに、ワンセットで私のほうを見てくるので、視線がつらい……。
(あと少しでおさらばだし、我慢するか……)
自分に言い聞かせていつものように仕事の準備を進めていると、綾子さんとその取り巻きが近づいてきた。んん!
「おはよう、上村さん」
「……おはようございます」
努めて普通に挨拶を返したけれど、綾子さんたちの雰囲気は勿論いつもと違う。
微笑んではいるけれど、目が笑っていないし空気がピリピリしている。
(ああ……)
内心溜め息をついた私は、「なんでしょうか?」とニコッと笑いかけた。
「ねぇ、上村さん。急だけど今日飲みに行かない?」
「えっ? 本当に急ですね?」
コウキタカー!
「上村さん、異動しちゃうんでしょ? その前に色々話しておきたいと思って」
……色々、ですか。
なまぬるーく笑った私は、断ろうか受け入れるべきか迷う。
「あっ、私もいいですか?」
その時、挙手した恵がガララッと椅子を移動させて登場する。
綾子さんたちは恵を見て「お前は誘ってない」という顔をしたけれど、すぐに考えを変えたみたいだ。
「中村さんも一緒のほうが来やすいなら、二人でおいでよ。ご馳走しちゃう」
「やったー、タダ飯!」
恵が拍手をして喜ぶ。
そんな感じで参加が決定してしまったけれど、ただただ、波乱しか予想できなかった。
**
とりあえず、昼休みにトイレに入った時に尊さんに連絡しておいた。
【今日、綾子さんたちにご飯に誘われました。辞令の発表後なので嫌な予感しかしないのですが、ちょっくら行ってきます。恵が一緒に行くと立候補してくれたので、リンチにはならないはずです】
昼休みとはいえ尊さんも忙しいので、すぐに返事があるとは思っていない。
メッセージを打ったあと私はすぐに個室から出て何気なく手を洗い、ハンカチで手を拭く前にちょっちょっと前髪を整える。
――と、鏡の前で歯磨きをしていた他部署の女性社員二人が、わざとらしく会話し始めた。
「速水部長って御曹司だったんでしょ? それが副社長になるって、あるべき姿になったって感じだよねー」
「そうそう。風磨さまもイケメンだけど、速水部長もタイプの違うイケメンだしね。あぁ~、うちの会社は顔面偏差値だけで株価爆上がりだわ」
「っていうか、丸木さんも誰かさんも大出世だよね~」
うわっ。
思わず鏡越しに彼女たちを見てしまったけれど、こちらをチラリとも見ていないのが怖い。
(……はよ退散しよ)
私はハンカチで手を拭き、リップを塗り直す。
「ぶっちゃけ、大して可愛くもないのに二人ともよく選ばれたよね」
「ベッドで凄いんじゃない? ほら、胸が……」
「あはは!」
…………うわぁ…………。
ドン引きした私はリップをウォレットポシェットにしまったあと、立ち去り際に彼女たちに一言言った。
(……そりゃあ、抜け駆けされたって思うだろうなぁ……)
予想はしていたけど、実際にこういう目を向けられるとつらい。
今までも神くんに優しくしてもらったり、係長に誘われている私は要注意人物みたいだったけれど、彼らに媚びていなかったから許されていた感はあった。
でもみんなの大好きな速水部長がいなくなり、それと一緒に私が彼の側で秘書をやり始めるなんて聞けば、彼女たちだって穏やかでないはずだ。
「おはよー」
先に来ていた恵に挨拶をされると、「おーっす」と返事がくる。
席についてパソコンを起動させていると、恵がスーッと椅子を移動させて囁いてきた。
「修羅場注意報」
「うす」
忠告を受け、私は短く返事をする。
そのうち時間差で尊さんが来たけれど、彼は普通にデスクの間を突っ切って部長室に入り、自分のデスクについた。
女性社員は尊さんをうっとりした目で見て、「御曹司」「副社長」と呟いている。
そのあとに、ワンセットで私のほうを見てくるので、視線がつらい……。
(あと少しでおさらばだし、我慢するか……)
自分に言い聞かせていつものように仕事の準備を進めていると、綾子さんとその取り巻きが近づいてきた。んん!
「おはよう、上村さん」
「……おはようございます」
努めて普通に挨拶を返したけれど、綾子さんたちの雰囲気は勿論いつもと違う。
微笑んではいるけれど、目が笑っていないし空気がピリピリしている。
(ああ……)
内心溜め息をついた私は、「なんでしょうか?」とニコッと笑いかけた。
「ねぇ、上村さん。急だけど今日飲みに行かない?」
「えっ? 本当に急ですね?」
コウキタカー!
「上村さん、異動しちゃうんでしょ? その前に色々話しておきたいと思って」
……色々、ですか。
なまぬるーく笑った私は、断ろうか受け入れるべきか迷う。
「あっ、私もいいですか?」
その時、挙手した恵がガララッと椅子を移動させて登場する。
綾子さんたちは恵を見て「お前は誘ってない」という顔をしたけれど、すぐに考えを変えたみたいだ。
「中村さんも一緒のほうが来やすいなら、二人でおいでよ。ご馳走しちゃう」
「やったー、タダ飯!」
恵が拍手をして喜ぶ。
そんな感じで参加が決定してしまったけれど、ただただ、波乱しか予想できなかった。
**
とりあえず、昼休みにトイレに入った時に尊さんに連絡しておいた。
【今日、綾子さんたちにご飯に誘われました。辞令の発表後なので嫌な予感しかしないのですが、ちょっくら行ってきます。恵が一緒に行くと立候補してくれたので、リンチにはならないはずです】
昼休みとはいえ尊さんも忙しいので、すぐに返事があるとは思っていない。
メッセージを打ったあと私はすぐに個室から出て何気なく手を洗い、ハンカチで手を拭く前にちょっちょっと前髪を整える。
――と、鏡の前で歯磨きをしていた他部署の女性社員二人が、わざとらしく会話し始めた。
「速水部長って御曹司だったんでしょ? それが副社長になるって、あるべき姿になったって感じだよねー」
「そうそう。風磨さまもイケメンだけど、速水部長もタイプの違うイケメンだしね。あぁ~、うちの会社は顔面偏差値だけで株価爆上がりだわ」
「っていうか、丸木さんも誰かさんも大出世だよね~」
うわっ。
思わず鏡越しに彼女たちを見てしまったけれど、こちらをチラリとも見ていないのが怖い。
(……はよ退散しよ)
私はハンカチで手を拭き、リップを塗り直す。
「ぶっちゃけ、大して可愛くもないのに二人ともよく選ばれたよね」
「ベッドで凄いんじゃない? ほら、胸が……」
「あはは!」
…………うわぁ…………。
ドン引きした私はリップをウォレットポシェットにしまったあと、立ち去り際に彼女たちに一言言った。