部長と私の秘め事
 仕事が終わったあと、私たちは綾子さんが予約した店に向かった。

 個室では当然のように、三対二で向かい合わせに座っている。

 うう……、圧迫面接のようだ。

「飲み放題のコースを頼んだから、もしも個別に食べたい物、飲みたい物があったら遠慮無く頼んでいいわよ」

「す、すみません。皆さんに負担を……」

 ペコリと会釈すると、綾子さんはニッコリ笑った。

「いいのよ。二人の分は私が責任を持って出すから」

 おお……。こういう時に言うのはなんだけど、さすが頼れる姐御系……。

 飲み放題のメニューを見ると、ビールやワイン、ウィスキー、焼酎の他、カクテルも種類が豊富だ。

「じゃあ、オレンジブロッサムで」

 ジンベースのカクテルを頼むと、恵はビール、綾子さんは白ワイン、瑠美さんはウーロンハイ、美智香さんはカシスオレンジを頼んだ。

 スタッフさんが出ていったあと、シン……と個室が静まりかえる。

 緊張してテーブルの上を見つめていると、綾子さんが「さて」と言う。

「上村さん、副社長秘書になるんですって? おめでとう」

 うううう! あああああ! 怖い!

「……ありがとうございます」

「それで、速水部長は副社長になるのよね。……あの人は御曹司だから、社長と経理部長がいなくなったあとの処置としては当然だと思うけど」

「……ソウデスネ」

 緊張のあまり、私は某お昼の国民的番組の観客みたいになっている。

「……それで上村さんは、速水部長とはどういう関係なの?」

 微笑んだ綾子さんに尋ねられ、私は唇を引き結んで黙る。

 正直に言ったとして、いい方向に転ぶか、悪化するか……。

「はい」

 その時、恵が挙手した。

「綾子さんはある程度、何かしらの感情を持ち、何らかの見当をつけて朱里を呼び出しましたよね? 自分がどう思っているかを明かさずに、先に彼女からすべて聞こうとするのはフェアではないと思います。綾子さんたちがどう感じているか、ある程度教えなければ朱里も怖くて話せないと思います。綾子さんは確かに凄い先輩です。でも先輩の威圧感と人数を逆手にとって、後輩に言う事を聞かせようとするのは、あまり良くないと思います」

 恵~~~~!!

 私は冷静な意見で味方してくれた恵に感謝し、心の中で土下座を通り越して五体投地している。

 恵の指摘を受けた綾子さんは真顔になり、両脇のお二人は少し鼻白んだ表情になる。

 けれど綾子さんは溜め息をつくと「そうね」と頷いた。

「『分かっていると思うけど』と〝前提〟にするのはずるいやり方だわ。でも私は今まで速水部長への好意を隠していなかった。それは気づいていた?」

 尋ねられた私は頷き、おずおずと返事をする。

「憧れているんだなと感じました。でも綾子さんには素敵な彼氏さんがいるので、どこまで本気なのか分からないのも事実でした」

 普通に考えれば、ハワイに連れて行ってくれる彼氏は理想的な人だ。

 綾子さんの彼氏の容姿や性格は分からないけれど、一緒に旅行に行ったお土産を、みんなに配って自慢したくなるぐらい好きなんだなとは思っていた。

「確かにそうね、私は彼氏……龍一(りゅういち)の存在を公言していたし、そう思われても仕方ないわ」

 綾子さんは私の感想を認め、何度か頷いてから続きを言う。

「私は〝理想の生活〟を送れる人と結婚したい。その点、速水部長は副社長になるし、イケメンなのは勿論、優しい人だしとても理想的だわ。上村さんが速水部長を好きだと知らなかったけど、今回の辞令を聞いて特別な関係を想像せざるを得ない。……だからあなたの気持ちを聞きたかったし、みんなに隠れて付き合っていたなら教えてほしいと思ったの」

 ……うん。まぁ、想像通りだ。

 どう答えたものかと考えていると飲み物が運ばれ、前菜盛り合わせと生ハム盛り合わせが運ばれてくる。

「ま、一応乾杯しましょうか。お疲れ様」

 綾子さんに言われ、私たちはそれぞれグラスを手にして乾杯する。

(……こんな微妙な気持ちで乾杯したの、初めてかも……)

 綾子さんは白ワインを一口飲んでから「そうだ」と付け加える。

「上村さんって時沢係長にも迫られてるじゃない。塩対応だから好きではないんだろうなと思っていたけど、あなたは美人で魅力的だから、余計に誰が好きなのか、社外に恋人がいるのか気になって仕方がないの」

 私は綾子さんの言い分を理解したあと、静かに息を吐いてから答え始めた。

「まず、時沢係長の事は本当に何とも思っていません。みんなの前でああいう振る舞いをするの、やめてほしいなと思っています」

 そう言うと、彼女たちは「確かに」と頷いた。

「……それで、速水部長の事ですが……」

 私は視線を落とし、深呼吸する。

 怖いけど、ちゃんと伝えないと。

 何も言わずに逃げて、理解を得ようなんて思ったら駄目だ。

「去年末ぐらいからお付き合いしています」

 私は膝の上でギュッと手を握り締め、綾子さんを見つめて白状した。
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