部長と私の秘め事
 ロビーまで行くと、二人きりの時間が終わったのを感じた。

 半分安心し、半分寂しく思っていると、尊さんは「あそこで座って待ってな」とソファを示し、清算のためにフロントへ行った。

(忘れられないクリスマスになったな……)

 私はロビーのソファに座り、金色のシャンデリアに照らされた空間と、大きなクリスマスツリーを見る。

(ツリーの前で記念写真撮りたいって言ったら、嫌がるかな。言うだけ言ってみよう)

 そんな事を考えていると、コンシェルジュが歩み寄ってきた。

(忘れ物でもしたかな?)

 目を瞬かせると、彼は私の側にしゃがみ、手に持っていた紙袋を渡してきた。

「こちら、当ホテルのマカロンとショコラでございます。お土産にどうぞ」

「わ……、わぁ! ありがとうございます!」

 私は素敵なサプライズに、一気にテンションを上げた。

 スイートルームにはウェルカムスイーツがあり、めちゃくちゃ美味しくて感動した。

(『また食べたい』ってはしゃいでたから、尊さんが手配してくれたのかな。……もぉぉ……。痒いところに手が届く男……)

 こうなったら、セーラーを着る事も考えなければならない。

「ありがとうございます」

 もう一度コンシェルジュにお礼を言うと、彼は折り目正しくお辞儀をして立ち去っていった。

 そのタイミングで、尊さんが戻ってきた。

「あの、これありがとうございます!」

 立ちあがって紙袋を示すと、彼は小さく笑った。

「さぁ? ホテルの厚意かも」

「かもしれませんね。誰かさんが伝えたから、気を利かせてくれたのかもしれませんね」

 ご機嫌になった私は、そう言って尊さんと腕を組む。

「ねぇ、せっかくだからツリーの前で記念撮影したいです。思い出、作りませんか?」

 彼にとって、クリスマスが楽しいものでないのは分かっている。

 お母さんと過ごすはずだったのに……と、数え切れないぐらい涙を流したかもしれない。

 でもそれなら、私が新しく楽しい思い出を作ってあげたい。

 家族になるなら、そうしていきたい。

 そう思いながら見つめると、尊さんはフハッと笑って私の頭をクシャクシャ撫でた。

「そんな思い詰めた顔すんなよ。嫌なんて言ってねぇだろ」

「やった!」

 快諾され、私は彼と一緒に大きなクリスマスツリーの側に寄った。

「すみません、写真お願いできますか?」

 尊さんが近くにいたホテルスタッフに声を掛け、「勿論です」と返事をもらう。

「それでは写しますよ。三、二、一……」

 私たちはクリスマスツリーの前で寄り添い、笑顔を作る。

 ――彼の人生が彩りに溢れていきますように。

 悲しい思いはすぐには消えないだろうけど、私が少しでも尊さんに幸せと笑顔をあげられますように。

 願いながら、私は尊さんに肩を抱かれ、笑顔でピースをした。





 駅に向かって歩いていると、尊さんが尋ねてきた。

「年末年始の予定は?」

「え? ……一応、毎年実家に戻ってますが……」

 尋ねられて、「もしかして……」と期待する自分がいた。

「うち来て一緒に過ごすか? そっちの家族の了承があったならだけど」

「行きます! 親に聞く年齢じゃないので大丈夫です! 三田(みた)ですよね?」

「え?」

 尊さんのマンションがある場所を言うと、彼は目を丸くした。

「俺……、どこに住んでるか教えたっけ」

 ――まずい。浮かれて口を滑らせてしまった。

 私は立ち止まり、顔を強張らせる。

「お前……、もしかして……」

 尊さんが私を見て、何かを言いかける。

 しばらく私たちは雑踏の中で立ち止まったまま、お互いを見つめていた。

 やがて尊さんが息を吐き、私に手を差し伸べてくる。

「行こう。俺、多分どっかでお前に言ってたんだと思う」

「…………はい……」

 私は少し震える手を伸ばす。

 いつもと違って遠慮がちだったからか、尊さんがギュッと私の手を握ってきた。

「手袋ないのかよ。買わないとな」

「も、持ってます!」

 尊さんが何事もなかったように歩き始めたので、私は慌ててついていく。

「そうか? でも俺があげた手袋を嵌めて出社するってのも、なかなかいいよな。アクセサリーなら目ざとい奴に気づかれそうだけど、手袋ならあんまりバレないだろ」

「そうですね……」

 尊さんの言葉を聞き、私は気が抜けた返事をする。

(本当に、なかった事にしてくれるんだ。自分の家を知ってるヤバイ奴とか思わないんだ)

 ……この人はどこまで優しいんだろう。

 ――どこまでも、あなたについていくからね。

 私は誰にも打ち明けられない思いを抱いたまま、ギュッと彼の手を握った。



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