部長と私の秘め事
「こんなに美味しい物、食べた事なかったです。こんな幸せな年末も経験した事なかったです」

「あと、カロリーやべぇな」

「言わないで!」

 ボソッと言った尊さんの言葉を聞き、私はバッと両手で耳を覆う。

 それを見て彼はクスクス笑い、私の髪を弄ぶ。

「たまにはいんでね? 毎晩〝運動〟もしてるし」

「表現の仕方がおっさんですね」

「こんにゃろ……。余計な事を言った口はこれか。それともこっちの腹か」

「きゃあっ」

 尊さんが私の唇とお腹を摘まんできたので、私は思いきり抵抗した。

「そんだけ腹を気にするなら、年越し蕎麦は食わないんだな?」

「…………た、食べます……」

 尊さんは答えを分かっておきながら、意地悪を言う。

 ……というか私、すっかり餌付けされてる。

「やめてくださいよもぉ……。私、すっかり食いしん坊キャラじゃないですか」

「食わない女よりずっといいだろ」

 そう言って、尊さんはワシャワシャと私の髪を撫でる。

「お正月終わったら、ちょっと走ろうかな……」

 今すぐじゃないところが、我ながら情けない。

 その時、尊さんがポツッと言った。

「俺の母親があんまり食えない人だったんだよ。線が細くてか弱いイメージの人だった。……だからかな、お前が美味そうにパクパク食べてる姿を見ると、安心する。もっと食わせたい」

 ただ餌付けされているだけではないと知り、私は口を噤む。

「……そう言われると『沢山食べてあげますよ』って言ってあげたくなるけど、…………ほどほどに!」

 グラッときたけど理性でブレーキを踏んだ私の答えを聞き、尊さんはクスクス笑う。

「だな、ほどほどに」

 そのあとも大晦日の番組を何となく見て過ごし、少しお腹がこなれた頃合いに、年越し蕎麦を茹でて食べた。

 お蕎麦も、さすが尊さんの用意する物でとても美味しい。

 彼は凄く舌が肥えている。

 多分今まで沢山食べ歩きやお取り寄せをして、美味しい物を知っていったのだろう。

 そして、お金も時間もかけて厳選した物の中から、私が好きそうな物を食べさせてくれる。

 ありがたいな。贅沢だな……としみじみ感じた。

 そんな彼にお返しをしたいと思っても、お金で解決しようとしたら駄目なんだろう。

 先日のネクタイは、自分が渡すプレゼントとしてはとても高価だった。

 でも尊さんの財力を思えば、普段身につけているレベルと言われても驚かない。

 このマンションも、用意された食べ物も何もかも高級で、私の生活レベルとはかけ離れている。

 だから、私ごときが彼にお金を使っても、あまり意味はない。

 むしろ彼はこう見えて常識人だから、「あんまり俺のために金を使うな」と言いそうだ。

 なので尊さんは気持ち的なもの……、デレて甘えるとか、イチャイチャを求めているのだと思う。

 この人は自分の心にある〝穴〟はお金では埋められないと知っている。

 お金を使って心が満たされ、幸せになれるなら、彼は今頃私と付き合っていないだろう。

(一筋縄でいかない人ですね。面倒だけど、そこが好きですよ)

 私は赤ワインを一口飲み、しばしばと目を瞬かせて尊さんに寄りかかった。





 元旦は遅めに起きておせちをつつき、カニやら海老やらご馳走まみれで食べまくった。

 夕方になってから尊さんと近くの神社に初詣に行き、家に帰ってテレビを見ながらまたおせちの続きを食べる。

 片付けをしてまったりとしている時、私はずっと思っていた事を質問した。

「……今さらですが、親戚の集まりとかいいんですか?」

「全然。毎年俺は省かれてるし、何も問題ないだろ」

「は!?」

 お腹いっぱいになって眠たくなっていたけれど、私はそれを聞いてバッと顔を上げる。

「今さら驚く事か? 逆に『予想してなかったのかよ』ってびっくりしたけど」

 尊さんは当たり前の事を言っている顔だ。

 だから余計に悲しくなってしまった。

「……そういうの、慣れたら駄目ですって」

「お前こそどうなんだよ。せっかくの正月、親戚が集まるんじゃないのか?」

 尋ねられ、自分も同じような理由で、あまり年末年始が好きじゃなかった事を思いだす。

 私が沈黙したからか、尊さんはポンポンと頭を撫でてくる。
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