部長と私の秘め事
 年明けになってから、俺は速水家の周囲をグルリと歩き『なるほど、豪邸だな』と思って東京に戻った。

 本当ならもっと、速水家に複雑な感情を持っていたはずだった。

 だが朱里とパンチの効いた出会いをしたため、速水家への興味が薄れたようだ。

 東京に戻ったあとまた大学に通い、様々な感情を日常の中に織り込めていくなか、時々朱里を思いだしていた。

(あいつ、元気かな)

 朱里のその後を気にしてしまうのは、ある種の責任を感じているからだろう。

 俺は自分に言い訳しながら、『見つかる訳ねぇよな』と呟いて、彼女のフルネームをネットで検索する。

 ――と、予想外にヒットして、ガックリと項垂れた。

『…………あった……。……………………アホか』

〝今野朱里〟というフルネームとマスクをした自撮りが乗っているのは、実名系のSNSだ。

 ご丁寧にも通っている学校名までプロフィール欄に書いていて、思わずスマホをクッションに投げつけたくなる。

『あのバカ……!』

 俺は大きな溜め息をつき、倒れ込むようにソファに寝転がった。

『バカたれが』

 もう一度毒づいてから、朱里のアカウントを見ていく。

 更新頻度は高くないが、ファストフードや道ばたの花、野良猫の写真などがポツポツと投稿されてある。

 積極的に交流するタイプではないのか、第三者とやり取りはしていない。

 安堵したものの、女子中学生が顔を晒したアカウントなんて、いつ変態に見つかるか分からない。

 もうあの子に関わるつもりはなかったのに、気になって仕方がない。

 投稿では律儀にも立ち寄った飲食店の店名まで記してあり、頭が痛くなる。

 だがそのお陰で、彼女の行動範囲が分かった。

 通っているのは中野区にある、偏差値が高めの一貫校。……なのにこんなにアホな事をやってるって、どういう事だ。

(……偏差値的には、頭は悪くないんだろう。……考えられるとして、肝心なところですげぇ抜けてるとか)

 そう見当をつけ、あながち間違いではないような気がしてきた。

 会話している時、『相手は中学生だから』と下に見ず対等に話せた感覚があった。

 社会的にはまだ子供でも、理解力はあり地頭がいい。

 それに朱里は発育が良く、色気がある。

 俺は顔の知らない変態が朱里のSNSを見ている想像をし、ブルッと身を震わせた。

『やべぇだろ!』

 うがーっ! となった俺は、朱里が通っている学校の場所を調べ始めた。

 そしてマップアプリでブックマークをつけ、近くの駐車場を探し――――、改めて考え始めた。

『ちょっと待て? いきなり学校の前で待ち伏せる? やべぇだろ』

 勢いのまま突っ走ろうとした自分にストップを掛け、ガシガシと頭を掻く。

『冷静になれ。考えろ……』

 呟いた俺は、少しでもマシに朱里に近づけないか悩み、親友に電話をした。





《ぶわっはっはっはっは!》

 電話の向こうで盛大に笑っているのは、同じ大学に通っている親友の三日月(みかづき)(りょう)だ。

《ひねくれた雰囲気で名古屋に行くって言ってたのに、自殺しかけた女子中学生の命を助けた? それでその子のSNSが気になって仕方ない?》

 俺は仏頂面をして、親友の笑いが収まるのを待つ。

「……笑うなよ」

《……いや、笑って悪いけど。……お前が他人を気に掛けられるようになって、良かったよ》

 涼は三日月グループの御曹司で、なぜだか馬が合ってすっかり親友になっている。

「目の前で自殺しようとしてたんだ。仕方ないだろ」

《そりゃそうだけどさ》

 涼は溜め息をついて笑いを収め、まじめな声で言う。

《それで、その朱里ちゃんが危ういSNSの使い方をしてるから、注意したいって?》

「……そうなんだが、大学生が中学生にアプローチすんの、やべぇよなって思って」

《マジでやばいと思う》

 忖度のない意見を言われ、俺は「だよな」と頷く。

《でも、他に手はなくない? 逆にネット越しに言ったとしても、警戒されるんじゃない? っていうか、連絡先を教えないって決めたのに、朱里ちゃんに会いに行くわけ?》

「それは……」

 俺は溜め息をつく。

《そこまで気に掛けるもん? 尊はちょっと優しすぎると思うけど》

「別に優しくねーよ」

 嫌な顔をして言い返すと、電話なのに涼がにっこり笑ったのが見えた気がした。

《まぁ、俺は尊が誰かを守りたいと思えた事を喜ばしく思ってるけどね。……親友として忠告するなら、手を出すならあと五年は待てよ?》

「馬鹿言え」

 子供に手を出すつもりはないと凄むと、涼は電話の向こうで軽やかに笑った。

《で、どうするわけ?》

 涼に言われ、俺はまた溜め息をつく。
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