部長と私の秘め事
『恋愛感情を持つかは置いといて、俺のほうが包容力があるし、彼女の痛みを理解できる』

『……結局、朱里と付き合いたいんじゃないですか』

 中村さんは呆れたように溜め息をついた。

『今は特に付き合いたいと思ってない。本当に学生は範囲外だ。今は〝もしも〟の話をしている。仮にこの先、朱里が田村クンと別れたとして、俺なら任せられる?』

 尋ねられ、彼女はうさんくさそうに俺を見た。

『……確かに財力は文句なしですね』

『給料以上の資産は持ってるし、ある程度の贅沢は約束できる』

『あの子、特に贅沢したい訳じゃなくて、一緒にいて心が満たされる人を求めているんだと思います』

『命を助けた男だって言ったら、グッとくるかな?』

 試しに言ってみると、中村さんは嫌そうな顔をする。

『弱みにつけこむなんて、最低な男じゃないですか』

『冗談だよ』

 ――朱里を側に置けるなら、どんな口実だっていいけどな。

 軽く笑いながら、俺は心の底で狂気めいた笑みを浮かべた。

『だが俺は田村クンより親を喪った痛みが分かる。孤独感も、空しさも、どうしようもない想いも、……中村さんよりも朱里と気持ちをシェアできると思ってるよ』

 真面目な表情で言うと、彼女は俺を睨んだ。

『自分の孤独を慰めるために、朱里を利用しないでください』

 正論だ。君は正しい。

 だが俺だって譲りたくないものはある。そのためなら何だってするさ。

『言わせてもらうけど、彼女は普通の人では満足できないと思う』

『朱里はそこそこ、田村くんの事を好きだと思いますけど』

『……彼と幸せになれるといいけどなぁ……』

 俺は煽るように言う。

 中村さんは親友であり朱里を好きだからこそ、いずれ二人がうまくいかなくなる事を予測しているだろう。

 そこを突くと彼女は悔しげな表情をしたあと、さらに尋ねてくる。

『篠宮ホールディングスに入社したら、立場を利用して朱里に迫るんですか?』

『しない。そうできない理由がある。ちゃんと上司として朱里と君を見守って、適切な距離を保つ』

 中村さんは、俺がのらりくらりと躱し、煽った挙げ句「近寄らない」と断言したので面食らったようだ。

 彼女は疲れたように溜め息をつき、髪を掻き上げる。

『……篠宮さんが何を考えているのか分かりません』

『朱里に幸せになってほしいだけだ』

 中村さんはしばらく難しい顔をして考えていたが、やがて溜め息をついた。

『一旦持ち帰らせてください。……でも、第三者的に見ればいい話なのかもしれませんね。普通に就職活動をしたとして、二人で同じ会社に入れる確率はほぼゼロです。……もしも篠宮ホールディングスに入ったら、朱里と同じ部署に配属されますか?』

『勿論』

『……今はまだ高校生ですし、就職活動はまだ先です。とりあえず今は、朱里が目指している四年制の大学に入れるように頑張ります。……あの子、頭がいいから大変なんですよ』

 そう言って、中村さんは初めて素の笑顔を見せた。

『それだけは手を貸せないから、応援してるとしか言えない』

『ひとまず大学に入ってキャンパスライフをエンジョイしてから、またお話しましょう』

『君の言う通りだ』

 そのあと、俺たちはカフェを出た。

 今日話したのは、約束というより遠い日の予約みたいなものだ。

 ――少しずつ種を撒いていけばいい。

 俺は自分に言い聞かせ、車を停めてある地下駐車場へ向かった。



**



 その連絡が中村さんから届いたのは、俺が二十五歳、朱里が十九歳の大学二年生の時だった。

 うんざりするような暑さに参っていた八月上旬、彼女からメッセージが入った。

【今度、朱里と田村くん、もう一人の男の子と四人でお泊まりデートに行くんです】

「…………は?」

 自宅で晩酌していた俺は、スマホの画面に胡乱な目を向ける。

【どこに?】

 トントン、とメッセージを打ったあと、俺は舌打ちする。

 考えてなかった訳じゃない。付き合っていればいずれキスもするだろうし、泊まりがけのデートだってするだろう。

 朱里のビジュアルで、今まで手つかずだったのは奇跡と言っていい。

【教えませんよ。篠宮さん、邪魔しに現れそう】
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