部長と私の秘め事

開いた記憶の蓋

【いかねーよ】

 俺は溜め息をつき、つまみのチーズを食べる。

 そのあと中村さんは本当にどこへ行くかを言わず、いつものように朱里の様子などを報告したあとメッセージを終えた。

(朱里が野郎と泊まりだって? その年頃の男が何考えてるか、分からない訳じゃねぇだろ。お前と付き合ったのだって、ソレ目的かもしれねぇし)

 イライラした俺は、朱里が田村にヤられてしまうのか、気になって堪らなくなった。

 その頃の朱里は芸能人のような美女ぶりに磨きを掛けていた。

 周囲の男からは色目で見られているらしいが、人付き合いが苦手なのと、中村さん、田村の存在が防波堤になっているみたいだ。

 だがバイト先の居酒屋では酔っ払いに絡まれる事も多いらしく、辞めたあとは客に顔を見られない、飲食店のキッチンスタッフになったらしい。

 朱里が大学生になって行動の自由度が高くなってから、俺は常に彼女の事を考えてイライラするようになっていた。

 キャンパスではすれ違う生徒が彼女を注目しているようで、密かな有名人になっているのだとか。付き合っている田村はさぞいい気分だろう。

 そんな田村が、〝彼女〟とセックスしようと思わない訳がない。

 今までは『がっついたら駄目だ』と我慢していたかもしれないが、大学生になればそういう関係になってもおかしくない。

『……くそっ』

 吐き捨てるように毒づいた俺は、胸の奥に湧き起こる劣情に気づかないふりをした。





 しばらくしてから、中村さんから聞きたかったような、聞きたくなかったような報告が送られてきた。

【朱里、田村くんと初エッチしたみたいです。『痛くて気持ちよくなかった』みたいです】

 それを見て、俺は思いきり息を吸い、震わせながら吐いた。

『…………クソが』

 俺は低く唸ってからウィスキーを呷り、ロックグラスをダンッと乱暴に置く。

 湧き起こる思いは、あからさまな怒りと嫉妬だ。

 ――俺のほうが朱里の事をずっと知ってるんだぞ!

 そんな想いが激しい感情と共にこみ上げるが、自分が文句を言える立場でないのは分かっている。

 俺は自分の意志で、朱里の前から立ち去った。

 本名を名乗らず、連絡先も交換せず、通行人Aとなる事を選んだ。

 それに対し、田村は正面から朱里に声を掛け、告白して付き合った。

 だからこそ、自分が選択を間違えたかもしれない事に苛立っている。

 子供に関わるのはデメリットが大きいと判断したはずだ。

 なのに今は『俺のほうが田村より朱里を大切にできる。美しく成長した彼女を俺が誰よりも分かってやれる』と思っている。

 あまつさえ、初体験の話を聞いて『俺のほうが上手に抱ける』なんて思ってしまった。

『……あの子に性欲を抱いてるのか? 六つも年下なのに?』

 そこまで言って、墓穴を掘った事に今さら気づいた。

 あの時の朱里は中学生で、俺はまるっきり彼女を相手にしなかった。

 人は誰だって成長し、歳を取ると分かっていても、当時の俺は彼女が美しく成長する事を想像していなかった。

 当時も美少女だとは思っていたが、あの子が大人になるなんて考えもしなかった。

 ――俺の落ち度だ。

 死にかけていた子猫を助けて譲渡したあと、数年経って見てみれば、たいそうな美猫になっているのを見たような気持ちだ。

(今さら惜しい、欲しいなんて思っても、俺にそんな資格はないだろ)

 言い聞かせるも、その日から俺は朱里を一人の女として意識し、今日も田村に抱かれているのかと考え、悶々とするようになっていった。



**



 中村さんは就職活動中にうまく朱里を誘導してくれたみたいで、二人は篠宮ホールディングスに入社する事になった。

 田村は他の企業への内定が決まり、俺はあいつから朱里を取り上げられた気持ちになり、優越感に浸っていた。

 ……そんな自分が、あまりにクズで情けなくもなる。

 その間、俺は会社で順当に昇進して部長のポストに収まっていた。

 二人が面接を受ける前、俺は人事部長に頼んで朱里の履歴書を見せてもらっていた。

「……上村朱里。一九九七年、…………十二月、……一日……うまれ……」

 淡々と読み上げていくつもりだったのに、彼女の誕生日を目にした途端、目の前がグラッと揺れたような感覚に陥った。

 今までも中村さんから、朱里の誕生日が十二月一日だと聞いていた。

 だがこうやって顔写真に加え、文字で情報が書かれているのを見たのは初めてだった。

 脳内で十一月のカレンダーが浮かび上がり、フワッと数字がはがれて空中に浮かび上がったような幻覚を見た。

 思い出したくもない十一月三十日は、俺が母を喪った日だ。

 あの時の事が脳裏に蘇り、酷い頭痛に襲われた俺はギュッと目を閉じた。

 ――あかり?

 ――十二月一日。…………十一月三十日に、あかりは……。

 ズキンズキンと頭が痛み、俺は額に手を当ててその場にしゃがみこむ。

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