想いと共に花と散る
 薄暗い部屋の中で、パチパチと火花が散る音が微かに聞こえる。
 蝋燭の淡い光だけがある人物の背中を照らしていた。

「……いい加減、何があったのかくらい聞かせろ」

 決して文机からは視線を逸らさず、筆を握ったまま土方は問う。
 問われた雪は、火鉢の前で膝を抱えたまま視線を彼の背中に向けた。

「何も、ありません……」
「何もないって……半泣きで部屋に飛び込んできたってのにそれは無理があるだろ」

 ようやく持っていた筆を硯の上に置き、土方は身体ごと雪の方へ向き直った。
 鋭い視線を受けてもなお、雪は火鉢の前で膝を抱えたまま微動だにしない。それどころか、何かに耐えかね膝の中に顔を埋めた。
 そんな雪の姿を見て、土方は静かに溜息を零す。
 しばしの沈黙の後、土方は文机の前から立ち上がって火鉢に近づき、荒々しく雪の向かい側に火鉢を挟んで座った。

「せめて、お前がそんなになった理由だけでも教えろ。何も知らねぇと、どうにかしたくてもしようがねぇ」

 静かな部屋に二人きりだからか、それとも雪が異様なほどに大人しいからか。
 この時の土方の声音は、今までで一番優しく落ち着いていた。
 だからこそ、雪はそう簡単に事の経緯を口にはできない。彼から無条件の優しさを向けられることが、今は何よりも辛かった。

「………て、くだ……さい」
「は?」
「優しくなんて、しないでください……」

 重い沈黙が流れる。子気味のいい火花が散る音も聞こえなくなり、部屋の中には静寂が満ちた。

「優しく、だと?」

 そんな静寂を打ち破ったのは、低く押し殺した土方の声。
 地の底から発されるような、聞くだけで心臓が揺れ動く重い声だ。

「てめぇ、何を勘違いしてんだ」
「……一番隊の人達が言ってた………。私は皆の、組の“禍の種”になるって」

 守られることに慣れた人間は、守る側にはなれない。
 あの一般隊士が口にした言葉は、雪が何よりも恐れている現実であった。
 その裏で、薄々気づき始めていた事。自分の存在が、組全体の足を引っ張っていると。

「はあ……勘違いしてんのはあいつらもか」

 そう呟き、徐ろに立ち上がった土方は障子の前に立つと、勢いよく開け放った。
 外からひんやりとした夜風が部屋の中へと入ってくる。 
 夜風に晒されて、雪は誘われるように顔を上げた。

「お前の口から説明しろ。……総司」

 縁側に座り込んで夜空を見上げていた沖田は、土方に言われてその窶れた顔を向けた。
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