想いと共に花と散る
第四章

苦悩

 あの春のことが夢だったみたいに、屯所は元の静けさを取り戻していた。 
 同じような日常が戻ってきて、雪は寂しさを感じつつも何処かで安堵する。
 昼時も終りを迎え、雑用を終わらせた雪は縁側に座ってぼんやりと空を見上げていた。

「総司! 何してんだ、稽古行くぞ!」
「ああ、今行く」

 屯所の門の方から藤堂と沖田の声が聞こえてきて、雪の意識はそこへ誘われる。
 門の影から様子を伺うと、藤堂と沖田、遅れてやって来た斎藤と、その他数名の隊士が並んで何処かに向かおうとしていた。

(あっちにあるのは……壬生寺?)

 近頃、隊士達は壬生寺の境内や稽古場で稽古をするようになった。
 庭では稽古をするのに範囲が狭く、十分に刀を振るえない。
 そんな中、屯所近くにある広大な敷地を有した壬生寺が稽古場として選ばれたというわけだ。
 
(暇だし、ちょっと見学しようかな)

 門の影から飛び出した雪は、抜き足差し足忍び足で沖田達の後を追う。
 前川邸から壬生寺は目と鼻の先で、雪が追いつく頃には、すでに打ち合いの音が聞こえた。
 壬生寺の境内に入った途端、空気が変わる。
 乾いた竹刀の音が、一定の間隔で打ち合わされた。
 掛け声、素早い踏み込み、息を吐く音。それらが混じり合い、ただ見ているだけの雪を圧倒させる。

「……すご……」

 思わず零れた声は、誰にも届かない。
 雪は彼らから少し離れた場所に立ち、稽古の様子を見守った。

「はーい、次いこうか」

 軽い声と共に前に出たのは沖田だった。竹刀を握る力は軽く、腹の底が知れない不敵な笑みを浮かべる。
 そんな沖田と向かい合った緊張した様子の隊士が、正眼に竹刀を構えた。
 二人を囲うようにして、藤堂と斎藤を含む他の隊士は傍観し始める。

「遠慮せず、かかってきな」

 笑みを浮かべたまま、沖田は一歩を踏み出した。
 次の瞬間だった。
 空気が裂けるような音と共に、相手の竹刀が弾かれる。

「っ……!」
「はい、一本」

 沖田は息一つ乱さず、元の位置に戻る。
 ひらりと躱すその身の熟しは、思わず見惚れてしまう。
 物陰に隠れて様子を見ていた雪は、開いた口を閉じられなかった。

「……っ、もう一度お願いします!」
「いいよ。でも次は防ぐんだよ」

 冗談めいた口調とは裏腹に、動きは鋭い。
 無駄がなく軽やかで、それでいて容赦がない。
 雪は無意識に息を詰めていた。
 改めて、沖田総司という男の性質を知ったのだ。
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