想いと共に花と散る

目覚め

 屯所に音が戻ってきたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
 最初は、遠くで響く足音である。
 一定ではない。引きずるようなもの、誰かを支える気配、草履が揃わないまま踏み鳴らされる音。
 それが門の外で重なった瞬間、雪は弾かれたように立ち上がった。

「……帰ってきた」

 そう口にした自分の声が、やけに乾いて聞こえた。
 門が開く。風と一緒に、血と火の匂いが流れ込んでくる。
 浅葱色が、次々に中へ入ってきた。
 羽織は煤に汚れ、袖は裂け、顔には疲労が貼り付いている。
 誰も声を上げない。ただ歩き、倒れそうになりながらも前へ進む。
 数えるな、と頭の何処かで思った。けれど、視線は勝手に人数を追ってしまう。
 人数が足りない気がした。いや、違う。足りないのは、もっと多い。

「水を……」
「医者は!」

 声が飛び交い、屯所は一気に戦後の顔になる。
 雪は厨へ駆け、桶に水を汲み、布を掴んだ。手はちゃんと動く。触れる。持てる。
 それが、ひどく現実的で胸の奥がざわついた。

(土方さんは……っ)

 その名を呼ぶ前に、ずっと聞きたいと願っていた低い声が聞こえた。

「……全員、戻ったか」

 隊の一番後ろから土方が顔を出す。その顔を見た瞬間、雪の身体から力が抜けた。
 羽織は黒ずみ、額には血が滲んでいる。それでも背筋は崩れていない。いつもの副長としての顔をしていた。
 そんな彼の視線が、一瞬だけ雪を捉える。何かを確かめるような、短い目。
 雪は、その意味が分からないまま頭を下げた。

「お、おかえりなさい」

 それしか言えなかった。
 行かせてもらえなかった自分が、掛けていい言葉ではない気がした。
 土方は何も言わず、負傷者の方へ向き直る。
 その背中を見送りながら、雪は胸の奥に小さな違和感を抱えた。
 誰も、勝ったとは言っていない。
 禁門の変は終わったのだと、そう聞かされただけだった。
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