想いと共に花と散る
沖田が土方の部屋を訪ねたのは、特に用があったわけではなかった。
夕餉までにはまだ間があり、剣の稽古もひと段落した、そんな中途半端な時間だ。
ほんの少し空が色付き始めた頃、静かな部屋の前に立った沖田は障子に手を掛ける。
「土方さーん、います?」
「いる。勝手に入れ」
返事を待つでもなく、沖田は障子を開けた。
まだ夕刻で日は出ているが、それでも奥にあるこの部屋にはあまり光が届かない。にも関わらず、土方は薄暗い部屋の中に引き籠もっていた。
土方は机に向かい、書付に目を落としている。筆を動かす手は止まらない。
「珍しいな。お前から来るなんてよ」
「えー、そんなことないでしょ。暇だったんですよ」
「どうせくだらねぇことでも考えてんだろ。いたずらする気なら後にしろ」
「今日は気分じゃないので遠慮しておきますー」
沖田は適当な調子で言いながら、壁際に腰を下ろした。
刀を立て掛け、背中を柱に預ける。
その間も、土方は沖田の方を振り返らず筆を走らせていた。
「今日も巡察、静かでした?」
「可もなく不可もなくってところだな。京は相変わらずだ」
「ですよねえ。最近、やけに静かじゃないですか」
沖田は天井を見上げて、愚痴を零すように言った。独り言のような口調である。
「嵐の前ってやつかなあ」
「縁起でもねぇこと言うな」
土方は顔を上げずに返す。それでも、表情が歪んでいることくらい背中越しでも伝わってきた。
そんな感情の起伏が分かりやすい土方が面白く思えて、沖田はくすりと笑った。
しかし、すぐに沖田の顔からは笑みが消える。
ある懸念が、胸の奥に湧き上がったからである。
「そういえば……。山南さんって最近忙しそうですね」
「……ああ」
何気ない一言のように思える発言だが、沖田にとっては何気ないものではなかった。
それを感じ取ったのか否か、ほんの一瞬、土方の筆が止まる。だが、すぐに動き出した。
けれど、和紙の上を滑る筆の動きは何処かぎこちない。
「帳簿だの、書付だの、全部抱え込んでる感じがしません?」
「昔からそういう人だろ」
「ですよね。真面目ですもん」
そこで沖田は言葉を切り、少し間を置いた。
足元に視線を落とし、土方に聞こえるか聞こえないか絶妙な声量で呟く。
「……でも、最近ちょっと、様子変じゃないですか?」
確信は持てていない。それでも、先刻見かけた雪と山南の様子は普通ではない。
何かが壊れていくような、否、すでに壊れてしまっている不安が燻った。
沖田がぽつりと呟けば、流石の土方でも方が顔を上げる。
「どういう意味だ」
「んー……言葉にしづらいすけど」
沖田は頬を掻き、言葉を濁した。
振り返って沖田を見る土方の目には、警戒心が募っていく。
「人を見てない、っていうか」
「見てない?」
「避けてる、の方が近いかな」
夕餉までにはまだ間があり、剣の稽古もひと段落した、そんな中途半端な時間だ。
ほんの少し空が色付き始めた頃、静かな部屋の前に立った沖田は障子に手を掛ける。
「土方さーん、います?」
「いる。勝手に入れ」
返事を待つでもなく、沖田は障子を開けた。
まだ夕刻で日は出ているが、それでも奥にあるこの部屋にはあまり光が届かない。にも関わらず、土方は薄暗い部屋の中に引き籠もっていた。
土方は机に向かい、書付に目を落としている。筆を動かす手は止まらない。
「珍しいな。お前から来るなんてよ」
「えー、そんなことないでしょ。暇だったんですよ」
「どうせくだらねぇことでも考えてんだろ。いたずらする気なら後にしろ」
「今日は気分じゃないので遠慮しておきますー」
沖田は適当な調子で言いながら、壁際に腰を下ろした。
刀を立て掛け、背中を柱に預ける。
その間も、土方は沖田の方を振り返らず筆を走らせていた。
「今日も巡察、静かでした?」
「可もなく不可もなくってところだな。京は相変わらずだ」
「ですよねえ。最近、やけに静かじゃないですか」
沖田は天井を見上げて、愚痴を零すように言った。独り言のような口調である。
「嵐の前ってやつかなあ」
「縁起でもねぇこと言うな」
土方は顔を上げずに返す。それでも、表情が歪んでいることくらい背中越しでも伝わってきた。
そんな感情の起伏が分かりやすい土方が面白く思えて、沖田はくすりと笑った。
しかし、すぐに沖田の顔からは笑みが消える。
ある懸念が、胸の奥に湧き上がったからである。
「そういえば……。山南さんって最近忙しそうですね」
「……ああ」
何気ない一言のように思える発言だが、沖田にとっては何気ないものではなかった。
それを感じ取ったのか否か、ほんの一瞬、土方の筆が止まる。だが、すぐに動き出した。
けれど、和紙の上を滑る筆の動きは何処かぎこちない。
「帳簿だの、書付だの、全部抱え込んでる感じがしません?」
「昔からそういう人だろ」
「ですよね。真面目ですもん」
そこで沖田は言葉を切り、少し間を置いた。
足元に視線を落とし、土方に聞こえるか聞こえないか絶妙な声量で呟く。
「……でも、最近ちょっと、様子変じゃないですか?」
確信は持てていない。それでも、先刻見かけた雪と山南の様子は普通ではない。
何かが壊れていくような、否、すでに壊れてしまっている不安が燻った。
沖田がぽつりと呟けば、流石の土方でも方が顔を上げる。
「どういう意味だ」
「んー……言葉にしづらいすけど」
沖田は頬を掻き、言葉を濁した。
振り返って沖田を見る土方の目には、警戒心が募っていく。
「人を見てない、っていうか」
「見てない?」
「避けてる、の方が近いかな」