想いと共に花と散る
 土方の眉が僅かに寄った。自分の想像を逸脱するものを見聞きした時にする、土方の無意識な癖だ。
 完全に筆を硯の上に置き、土方は沖田を睨め付ける。

「誰をだ」
「さあ?」

 沖田は肩を竦めて笑みを落とした。
 けれど、どれだけ笑ってみても土方を騙すことはできない。
 すでに土方には、沖田が胸の奥で感じる懸念に勘づいていたのだ。

「全員、って言えば全員ですし。でも、特に――……雪を、ですかね」

 部屋の空気が、ほんの少し重くなった。
 身体に伸し掛かる沈黙を打ち破るようにして、土方は無理矢理に言葉を絞り出す。

「……気のせいじゃねぇのか」
「かもですけど」

 沖田は軽く笑う。いつもの、調子のいい笑い方だ。
 それでも、騙せないのは自分も同じ。次の瞬間には、土方と同じく怪訝な面持ちになる。
 膝を抱えていた手を離し、胡座をかいた沖田は光のない目を土方に向けた。

「でもね、土方さん。気のせいにするには、ちょっと続いてるんですよ」

 土方は黙ったまま、沖田を鋭く見つめた。
 そんな目で見られてもなお、沖田は続ける。

「今日も、廊下で。雪が声掛けたのに、山南さん、気づかないフリしてました」
「……フリ、だと?」
「僕にはそう見えました」

 沖田は視線を落とす。その目には、微かな悲しみが滲んだ。
 先刻の雪と山南の様子を思い返しながら、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。

「無視じゃない。拒んでもない。でも、“見ないようにしてる”感じ」
「……他には」
「雪のことですか?」

 沖田は首を傾げて、質問に質問で返した。
 腕を組んで鋭く目を光らせる土方と目が合うと、知らずの内に顔から笑みが消える。
 静かに頷く土方の意図を汲み取った沖田は、斜めを上を見て吐き捨てるように言った。

「なんか、薄くないです?」

 言った瞬間、自分でおかしくなって沖田は苦笑した。

「いや、変な言い方ですね。影が薄いとか、そういう意味じゃなくて」
「……続けろ」
「そこにいるはずなのに、いないみたいな」

 土方の視線が一層鋭くなる。その視線には、溢れ出んばかりの怒りが滲んだ。

「総司」
「はい」
「冗談なら今はやめろ」
「冗談だったら僕も言いません」

 沖田は、珍しく真剣な表情で真っ直ぐに土方を見た。
 それだけで、起きたが本気で言っていると土方は察する。

「土方さん、雪に最近ちゃんと触れてます?」
「……何だ、それは」
「手を引いたり、肩叩いたり」

 沈黙が落ちる。
 沖田は、それ以上踏み込まなかった。代わりに、軽い調子に戻す。

「ま、僕の考えすぎかもしれないですけどね」
「……ああ」
「でも、山南さんも、雪も、なんか同じ方向でおかしい気がするんですよ」

 沖田は立ち上がり、刀を手に取ると障子の前に立つ。
 忙しない背中からは、早くここから出たいという意思が見え隠れしていた。
 それでも、彼が発する言葉は誤魔化すように明るく取り繕われる。

「じゃ、僕はこれで。夕餉、遅れたら怒られちゃうし」
「……総司」

 土方は静かに呼び止めた。
 障子を開けて部屋を出ようとした沖田は、まさか呼び止められるとは思わず上擦った声を上げる。

「何です?」
「お前は、どう思う」

 沖田は一瞬だけ考える仕草を見せると、土方の方は見ないまま呟いた。

「――……嫌な予感がしますかね」

 それだけ言って、沖田は障子を閉めた。
 部屋に残された土方は、机の上の書付ではなく己の手を見つめていた。
 そこに残るはずの感触を確かめるように。
< 262 / 267 >

この作品をシェア

pagetop