想いと共に花と散る
 ずんと、肩に何かが伸し掛かる感覚がした。
 重いはずなのに、動けばすぐに飛んでいってしまいそうな、そんな曖昧な感覚。

「総司、君……?」

 先程まで撫でてもらえて嬉しそうにしていた黒猫が、雪の手の中から逃げ出した。
 追いかけようとしたのに、どうしてか動き出せない。
 黒猫が庭を囲む塀の上に乗った。行かないで、そう言いたいのに声が出せなくて、黒猫はそのまま塀の向こうに消えてしまう。

「ねぇ、何か言って……総司君」

 こんな所で寝ては身体に触る。ただでさえ、病を患っている身ではないか。
 早く布団に戻らないと。しんどいのなら、布団の上で寝ないと。

「だ、駄目だよ……ねぇ、ねぇ!」

 私じゃ支えきれなかったはずじゃんか。
 重さに耐えられなくて押し潰されそうになって、総司君の方が気遣ってくれたのに。
 なんで、なんで今は支えられるの。押し潰されないの。

「……あ……うあ………」

 だって、さっきまで一緒に黒猫を撫でていた。
 未来ってどんなものだろうと考えて、夢を見て、笑っていた。
 確かに笑っていたのに。

『あの土方さんに会って生きてるなんて。そんな怪しい格好をして町中を歩いていたなら、速攻斬られてるからね』

 違う。

『それで、君は一体誰なのかな? 何があって土方さんと一緒にここへ来たんだい?』

 違う。違う。

『雪はどうしたい?』

 違う、違うでしょう?

『変わってしまったら、全部思い出せなくなる。だから、ずっと変わらないでいてほしいって……そう思っているんだよ』

 こんな所で、こんな寂しい場所で眠るなんて、違う。

「う、うあ………うわあああ」

 あの時、総司君が手当をしてくれたから首の傷は跡形もなく消えたんだよ。
 どうしたらいいか分からなくて、立ち止まっているところを助けてくれたのは、いつだって総司君だったんだよ。
 変わらないでほしいって言ったのは総司君。変わらないでいてくれたのは総司君。

「行っちゃ、やだぁ………」

 新撰組、一番隊組長じゃなくていい。剣の天才じゃなくていい。
 ただの人、この世で生きる沖田総司でいてくれるなら何だってよかった。

『──……ありがとう、雪』

 最後まで隣りにいたのは、雪。
 最後まで心の中にいたのは、雪華。

「……っ、ありが、とう………っ!」

 この言葉はどちらの私で言えばいい?
 教えて、お願い。目を開けて、貴方の声で、いつもみたいに笑って、教えて。

「さようなら……総司君」

 細くなってしまった身体を抱き締めれば、また目を開けてくれる気がした。
 でも、そんなことはありもしない。
 儚くも愚かな願いは、頭の上に広がる浅葱色に溶けて消えていく。

 ごめん、言えなくてごめん。
 きっと驚かせちゃう。この空の向こう側には、近藤さんがいるんだ。
 でも、大丈夫。もう寂しくないよ。私も、貴方も。
 だからどうか、苦しまずに安らかに。

 ありがとう。そして、さようなら。
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