想いと共に花と散る

歓迎会

 あれから何をするでもなく、雪は手慰みに空の花瓶へ花を活けていた。
 ゆっくりと時間が流れ、ようやく浮足立っていた気持ちも落ち着いてきた頃。
 窓の外を眺めていた土方が徐ろに立ち上がり、「行くぞ」とだけ言って部屋を出た。
 雪はわけが分からないながらも、彼の背を追って部屋を出る。
 すると、廊下の先から酒と煮炊きの匂いが混ざった、何処か懐かしい空気が流れてきた。

「……これ、歓迎会ってやつですか」

 雪が小声で尋ねると、土方は肩を竦めた。
 一瞬、土方が扉を開けるのを躊躇したように見える。嫌な予感がするのは雪も同じだ。

「さあな。あいつらなりの区切りなんだろ」

 扉を開けた瞬間、ぱっと明かりが広がった。

「おおーっ! 主役のご登場だね」

 真っ先に声を上げたのは大鳥だった。
 長机の上には、質素ながらも酒瓶や鍋、焼いた魚が並び、思い思いに腰を下ろした者達が笑っている。

「主役が二人もいると、準備が大変でねぇ」
「文句言うなよ。市村が張り切ってたじゃねぇか」
「ぼ、僕はその……!」

 市村は顔を真っ赤にして俯き、つねがその背を叩いた。
 榎本の妹なのか、市村の姉なのか。雪にはもう判別がつかない。

「いいじゃない。お祝い事なんだから! 生きて着いたんだもの!」

 その言葉に、ふと場の空気が揺れる。
 “生きて着いた”。それだけで、祝う理由になる場所だ。
 雪は一歩遅れて部屋に入り、周囲を見渡した。
 武士も、町人も、身なりの整わない若者もいる。誰もが同じ卓を囲み、同じ酒を口にしている。

「嬢ちゃん、酒は飲めるか?」

 不意に声を掛けられ、雪はびくりと肩を跳ねさせた。
 振り向けば、昼間よりも幾分砕けた様子の榎本が徳利を掲げている。

「い、いえ……後、嬢ちゃんじゃないです」
「そうかそうか。じゃあ、嬢ちゃんには汁物だな。無理する必要はねぇ」

 そう言って、当たり前のように椀を差し出す。その仕草は、昼間の冷徹さとは別人のようだった。
 それと今、無視された気がする。嬢ちゃんと人前であまり言わないでほしい。

(阿呆らしい……)
 
 その遣り取りを続ける二人は、端から見ればかなり滑稽だった。
 周囲から奇異の目を向けられていることにすら、二人には気付いていない様子だ。
 土方は、そんな二人の様子を黙って見ていた。

「副長殿も、少しは肩の力を抜いたらどうだい」
「抜けるか。こんな場所で」
「そう言うと思ったよ」

 大鳥から盃を受け取り、二人は杯を軽く打ち合わせる。
 音は小さいが、確かにそこに“同席”の意思があった。
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