想いと共に花と散る
 そんな雪を嘲笑うように女は一度小さく笑うと、ゆったりとした足取りで部屋を出ていった。
 背後で扉の閉まる音を聞きながら、雪はようやくカップを机の上に置く。

「湯呑み、あったんですね……」

 あったのなら、雪だって湯呑みに茶を煎れて持ってきた。
 ないと思っていたから、仕方なく慣れないカップに煎れたというのに。
 何だか馬鹿らしくなっていた。あの女が誰なのか知らないが、気が利くようだし仲がいいようだし。
 自分はいらないのでは、なんて思ってしまった。

「……女中さん、いるなら言ってくれたらいいのに」

 あの女は雇われてここにきた女中だ。きっとそうだ。
 そうじゃないと、あんなにも馴れ馴れしく土方に話し掛けるはずがない。

「ちげぇ」

 自分自身を騙そうと必死に言い聞かせていたのに、そんな人の気持ちなど考えずに土方は言う。
 
「じゃあ、誰?」

 初めてだ、土方に向かって語気を強めたタメ口を使うのは。
 案の定、手にしていた書状から上げられた目には、鬼と呼ばれていた頃の鋭さが宿されている。
 二人の間に張り詰めた沈黙が流れた。

「ねぇ、誰なのあの人」
「……この洋館の持ち主の娘らしい」
「なんであんなにも仲良しなの」
「何処をどう見たらそうなる」
「だって、あの人歳三さんって言ってた」

 馬鹿馬鹿しい。何をそんなに必死になる必要があるのだ。
 自分の中にいるもう一人の自分が、そう叱りつける声が聞こえた気がした。
 けれど、一度開いた口からは意思に反した言葉ばかりが溢れ出して。
 年甲斐もなく、幼子が親に向かって駄々を捏ねるような口ぶりになってしまった。

「ああいう人が、好きなんだね」
「……っ! 何を言って―――」
「総司君が教えてくれた。土方さんは昔遊び人だったって」

 だから、女の人の扱いに慣れていたのか。
 歓迎会で大勢の女の人に囲まれて、戸惑うでもなく飄々と笑顔で受け流していたのも。
 あの女に下の名前で呼ばれても大して気にした様子を見せなかったのも。
 全部、昔遊び人だったからなんだ。

「なんつーこと教えやがったんだ、あいつ……」

 どう、総司君。私でも鬼の副長を揶揄えたよ。
 物凄く気分が悪いけど。人を揶揄うのって、楽しむためのものだったはずなのにね。
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