想いと共に花と散る
 本当に、大鳥はなんてことを教えてくれたのだ。
 こんな想いに気づかなければ、あんな二人を見たって何とも思わなかったのに。

「ねぇ、歳三さん」

 また琴は彼の名前を口にした。そして、雪の心には傷が一つ刻まれる。

「私、貴方だったらお父様に紹介したいわ」
「は?」

 誰の声だったのだろう。雪の声か、土方の声か。
 土方と琴の視線が同時に雪に向いたため、その声は雪のものであったらしい。
 睨め付ける鋭い琴の視線が突き刺さる。
 今すぐにでもこんな場所を出て、さっさとカステラを食べてしまいたい。すぐに自分の分を食べて、残った雪の分のカステラを物欲しそうに見ていたつねがすでに食べているかもしれないが。

「何、何か文句でも?」
「別に………」
「だったら静かにしてくださる? 私は今歳三さんと話しているから」

 また、歳三さんって言った。
 ムカつく、苛つく、腹立つ。なんでそう何度も「歳三さん」って呼ぶのだ。
 なんで土方はそれを許すのだ。自分にだけ聞こえるように、言ったはずではなかったか。

『そう言うなら、呼んでみてくれよ。……お前の声で』

 と。

「歳三さんも大変ね。自分の意志すら主張できない子供の世話をしないといけないなんて」
「……は?」

 そう声を上げたのは、雪ではなかった。

「市村君の方が余っ程小姓が務まるんでなくて? 子供は早く親御さんの元へ帰るのがいいと思うけれど」

 ―――ダンッ!!

 書類を持っていた土方の手が、激しく机に叩きつけられる音が部屋に響き渡る。
 雪も琴もあまりの音の大きさに身体を強張らせた。

「と、歳三さん……?」
「離してもらえるか、その手」

 白くしなやかな手が乗せられた自身の肩を見てから、琴を睨め付ける。
 その目には確かな怒りが溢れていた。この蝦夷の地に来てから初めて見せる鬼の顔。
 琴の返事を聞くよりも先に、土方は自身の手で彼女の手を振り払った。

「悪いが、俺ぁ今のところ誰かと所帯を持とうとかなんざ思ってねぇ」
「え、え……?」
「それと、俺からしてみれば、あんたに惹かれる要素は何処にもねぇ。互いにな」

 宙に浮いた琴の手がぎゅっと握られる。
 惹かれる要素。それは、土方が琴へ、琴が土方へ惹かれる要素はないと二重の意味を持っていた。
 
「な、何よその言い方。じゃあ! いるの? 私以上に惹かれるような相手が。所帯を持ちたいと思う相手が!?」

 こんなにも分かりやすくヒステリックを起こす人がいるのだなと、雪は半ば他人事のように思った。
 
「ああ……いる」
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