想いと共に花と散る
それと、彼であれば有り得るなとも思った。遊び人だった過去があったのなら、想いを寄せる相手がいてもおかしくない。
彼の小姓となってから一度もそういった一面を見たことはないが、四六時中一緒にいたわけでもない。きっと何処かで会いに行ったりしていたのだろう。
「誰よりも魅力的で、誰よりも守りてぇって思う相手がな」
この世界には、随分と幸運の女性がいるらしい。
かつて新選組の鬼の副長と恐れられた土方歳三に想われているのだから。
「だから、そうやって近づいてきたり気安く名前を呼んだりするの、辞めていただきたい」
土方が誰かの下に出るような言葉遣いをする場面など初めて見た。
また一つ、彼の知らない一面を知ってしまう。まだまだ彼のことは知らないままだ。
静かに厳しく、淡々と拒絶された琴は、浮かせていた手を降ろして土方に背を向ける。
そのまま雪の前まで向かうと、わざと身体を当ててから部屋を出ていった。
「わっ……!」
想像以上の衝撃が身体を襲い、雪は態勢を崩してその場に尻餅をつく。
「っ! 大丈夫か」
床に座り込んだ雪を見るなり土方は血相を変えて椅子から立ち上がる。
一瞬の内に雪の前に膝を折ると、床に着いていた雪の手を取った。
「す、すみません。私、体幹全然で。あはは……」
「あんの女……立てるか?」
「はい」
片手を握り、もう片方の手で腰を支えられて立ち上がる。
尻餅をついた衝撃で腰に痛みが走るが、何とか表情には出さずにやり過ごせた。
しばらく様子を伺っていた土方は、何事もないように見つめ返す雪を見てほっとした表情を浮かべる。そのまま手を離すと、再び書斎へと戻ろうとした。
「あ、あの!」
気が付いた時には、彼を呼び止める雪の声が部屋に響いていた。
「呼んでもいいですか?」
「……何をだ?」
あれだけ真剣に大鳥達が作戦を考えてくれたが、どうにも雪には琴の真似事はできそうにない。
肩に手を置いたり、顔を近づけたり、甘い声を出したり。そんな事は真似するどころか見ることすらできないのだ。
それでも、これだけは真似ではなく自分の意志で成し遂げたいことがあった。
「歳三さんって」
ただ名前を呼ぶだけ。何ら普通のことである。
沖田や藤堂や市村のことを下の名前で呼べたのだから、きっと彼の名前も呼べる。
そう思っていたけれど、言ってから雪の顔はあっという間に赤く染まった。
そして、土方と言うと。
振り返って目を見開いたまま固まっている。
「……歳三さん」
だから念を押すようにもう一度呼んだ。
もしかしたら聞こえていなかったのかと思ったから。
「としぞ───」
「聞こえてる」
三度目の正直というものは、彼の言葉によって遮られてしまった。
「聞こえてるから、ちょっと待ってくれ」
そういった土方は口元を手で抑えてふいっと顔を背けてしまう。
(え? も、もしかして照れてる?)
あの遊び人だった土方が?
歓迎会で女の人に囲まれても笑っていて、琴に名を呼ばれても気にしていなかった土方が?
雪が名前を呼んだだけで照れた?
「歳三さん」
「……んだよ」
「ふふっ、何でもないですっ」
端から見れば名前を呼んだだけにしか見えないだろう。きっと、大鳥達の期待には答えられていない。
それでも、雪にとっては大きな大きな一歩を踏み出した瞬間だった。
彼の小姓となってから一度もそういった一面を見たことはないが、四六時中一緒にいたわけでもない。きっと何処かで会いに行ったりしていたのだろう。
「誰よりも魅力的で、誰よりも守りてぇって思う相手がな」
この世界には、随分と幸運の女性がいるらしい。
かつて新選組の鬼の副長と恐れられた土方歳三に想われているのだから。
「だから、そうやって近づいてきたり気安く名前を呼んだりするの、辞めていただきたい」
土方が誰かの下に出るような言葉遣いをする場面など初めて見た。
また一つ、彼の知らない一面を知ってしまう。まだまだ彼のことは知らないままだ。
静かに厳しく、淡々と拒絶された琴は、浮かせていた手を降ろして土方に背を向ける。
そのまま雪の前まで向かうと、わざと身体を当ててから部屋を出ていった。
「わっ……!」
想像以上の衝撃が身体を襲い、雪は態勢を崩してその場に尻餅をつく。
「っ! 大丈夫か」
床に座り込んだ雪を見るなり土方は血相を変えて椅子から立ち上がる。
一瞬の内に雪の前に膝を折ると、床に着いていた雪の手を取った。
「す、すみません。私、体幹全然で。あはは……」
「あんの女……立てるか?」
「はい」
片手を握り、もう片方の手で腰を支えられて立ち上がる。
尻餅をついた衝撃で腰に痛みが走るが、何とか表情には出さずにやり過ごせた。
しばらく様子を伺っていた土方は、何事もないように見つめ返す雪を見てほっとした表情を浮かべる。そのまま手を離すと、再び書斎へと戻ろうとした。
「あ、あの!」
気が付いた時には、彼を呼び止める雪の声が部屋に響いていた。
「呼んでもいいですか?」
「……何をだ?」
あれだけ真剣に大鳥達が作戦を考えてくれたが、どうにも雪には琴の真似事はできそうにない。
肩に手を置いたり、顔を近づけたり、甘い声を出したり。そんな事は真似するどころか見ることすらできないのだ。
それでも、これだけは真似ではなく自分の意志で成し遂げたいことがあった。
「歳三さんって」
ただ名前を呼ぶだけ。何ら普通のことである。
沖田や藤堂や市村のことを下の名前で呼べたのだから、きっと彼の名前も呼べる。
そう思っていたけれど、言ってから雪の顔はあっという間に赤く染まった。
そして、土方と言うと。
振り返って目を見開いたまま固まっている。
「……歳三さん」
だから念を押すようにもう一度呼んだ。
もしかしたら聞こえていなかったのかと思ったから。
「としぞ───」
「聞こえてる」
三度目の正直というものは、彼の言葉によって遮られてしまった。
「聞こえてるから、ちょっと待ってくれ」
そういった土方は口元を手で抑えてふいっと顔を背けてしまう。
(え? も、もしかして照れてる?)
あの遊び人だった土方が?
歓迎会で女の人に囲まれても笑っていて、琴に名を呼ばれても気にしていなかった土方が?
雪が名前を呼んだだけで照れた?
「歳三さん」
「……んだよ」
「ふふっ、何でもないですっ」
端から見れば名前を呼んだだけにしか見えないだろう。きっと、大鳥達の期待には答えられていない。
それでも、雪にとっては大きな大きな一歩を踏み出した瞬間だった。