想いと共に花と散る
 何も起こらないことこそが一番の幸せだと。京にいた頃、雪が仲間によって教えられたことだ。 
 それから二人は甘味処を離れると、再び函館の町の中を練り歩いた。
 行く場所などあるわけでもなく、曲がり角を見つけては曲がることを繰り返していると。
 ふと入った通りを一本外れた道の先に、小さな雑貨屋があった。近づいた硝子戸の向こうには、所狭しと見慣れない品々が並んでいる。

「あらぁ? こんな店、前からあったかしら?」
「つねさんでも知らない店か……」

 扉を開けて中へ入ると、鈴の音が控えめに鳴った。
 まるで異国の地に足を踏み入れたのかと錯覚してしまう。それくらい、この店の雰囲気は逸脱していた。

「らっしゃーい……っ!」

 店の中から二十代半ばの男が気怠げな様子で出てきた。
 その奥には品出し作業に追われているもう一人の男。

(……あれ?)

 この男達、何処かで見たことがある気がする。

「な、なんでお前が……」
「え……まさか」

 世界とは、案外狭いものらしい。

「副長の小姓!?」
「一番隊の、永井さん!?」

 かつて、瞬く間に組織として変わっていく新撰組に疑いを持ち、悪事に手を染めた男がいた。
 その男によって京の街を脅かす辻斬りが横行し、裏切り者が現れたとして新撰組は混沌の渦に巻き込まれる。
 そんな主犯だった早川に巻き込まれ、一度土方達と対峙した永井がまさかの函館にいたのだ。

「っ、なんでここにいる。副長はどうした」
「知らないんですか? 土方さんは、幕府側の指揮官として推薦されて函館に来たんですよ」
「はあ? 指揮官?」

 どうやら、この男は辻斬りの一件の後に除隊してから、今まで新撰組の経緯を何も知らないでいたらしい。
 辻斬り事件は新撰組にとっても異例のことであり、永井と横山は謹慎処分という形で処罰された。
 だから、どういう過去があったのかは分からないが、こうして二人で諸外国の品物を扱う雑貨屋を営んでいるようだった。
 二人でそんな話をしていると、奥で品出しの作業を終えたらしいもう一人の男が顔を出す。

「おい、永井。お客人に向かってなんて口の聞き方───」

 土方さん、ごめんなさい。
 あの時、私のことをボロクソに罵っていた人達が営むお店に来ちゃいました。
 しかも、新撰組のその後を何も知らないらしく。
 私が説明することになっちゃいました。どうか、私のことも二人のことも責めないでください。

「……沖田組長まで」

 店の中の適当な段差に三人は並んで座り、雪の昔話に二人は静かに聞き入った。
 二人が除隊した後に起きた事件のこと、亡くなった幹部達のこと、新撰組が事実上解散したこと。
 話しながら、雪は怒涛の日々を過ごしてきたのかと改めて気付かされた。

「その、あの時のことだが……」

 どれだけ悪事に手を染めていようと、根の人間性までは捨てられない。
 過去の過ちによる罪悪感は、今も彼らの心を針で突き刺していた。
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