想いと共に花と散る

物に罪はない

 朝の空気はまだ冷たく、吐く息が白く解けた。
 雪は一人、台所で茶を煎れる。昔と違い、この洋館には何人かの女中がいるため、雪が早起きをしてまで家事をする必要はない。
 しかし、屯所暮らしの癖が染み付いており、決まって日が顔を出し切る前に目覚めてしまうのだ。
 早起きをしても特にすることはないため、同じ時間帯にはすでに目覚めている土方に茶を持っていく。それが近頃の雪の日課となっていた。
 湯気が昇る湯呑みを盆に載せ台所を出ると、向かいから目を疑うほどの高さを誇る人影が近づいてくる。

「結城さーん。おはようございます」
「おはよう、鉄君。すごい荷物だね。今から何処かに行くの?」
「はい。この書物を倉庫に運ぶよう頼まれたのです」

 自身の頭の上よりも高く積み上がった書物から顔を出し、市村は幼さの残る笑顔を浮かべた。
 互いに両手が塞がっている。どちらかがどちらかを手伝うことはできない。
 二人は笑顔を浮かべると、そのまますれ違った。
 廊下を進んで玄関広間に出ると、雪は二階へと続く階段に足を掛ける。

「結城殿か。朝から精が出るな」
「あっ、松平さん。おはようございます」

 二階から階段を降りてきた松平と鉢合わせし、雪は階段の途中で立ち止まる。
 彼もまた立ち止まり、軽く会釈すると再び階段を降りていった。
 
(人、増えたなぁ……)

 これまでに多くの人々と出会ってきた。そして、何度も失ってきた。
 元々、この函館後に来て出会った人は多かったが、近頃はそれ以上に人が増えている。
 それだけ人数がいないと、新政府軍に旧幕府軍は勝ち目がないということ。
 密かに戦の火種が生まれかけていることを雪はすでに感じていた。

「土方さん、入りますよ」

 数回扉を叩き、返事が聞こえる前に部屋の中に入る。
 部屋の中には甘い香りが充満していた。以前、つねと立ち寄った雑貨屋で売られていた香り袋と同じ匂いである。
 
「お茶、どうぞ」
「ありがとな」

 文机の上に湯呑みを置くと、書類から目を話した土方が雪の顔を見つめる。
 どういうわけか、最近の土方は、何処か雪に対して柔らかい態度をとることが増えた。
 表向きは普段通りぶっきらぼうだが、その裏に隠しきれない甘さが溢れている。

「お仕事頑張ってください」
「おう」
 
 そして雪はというと、土方の顔を直視できずに目を逸らしてしまう。
 軽く頭を下げて早々に部屋を立ち去った。
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