想いと共に花と散る
 部屋を出ると同時に、遠慮がちに動いていた心臓が大きく動き出す。
 バクバクと激しく脈打つのは、ただ疲れてたわけでも緊張したわけでもない。

『―――……恋だ』

 今でも大鳥の言葉が本当であるのかは分からない。
 しかし、彼の言葉を聞いたあの日から土方を意識すると戸惑う自分がいた。

「やあ、結城君。土方君の所からの帰りかな」
「大鳥さん、お疲れ様です」

 雪をそうさせる言葉を言った張本人が、廊下の先から近寄ってくる。
 軽く頭を下げると、大鳥は穏やかな笑みを浮かべた。
 彼といると、隠していることを見透かされてしまいそうだ。だから、必要以上のことは言わないようにする。
 
「あれ……」
 
 何か上手く理由をつけてその場を離れようとしたが、不意に大鳥の肩から垂れ下がる髪に目が行った。
 髪をまとめている結い紐が解けかけている。

「大鳥さん、失礼します」
「ん?」

 お盆を脇に抱え一歩彼に近づくと、解けかけている結い紐を結び直す。
 少しくせ毛掛かった髪は、その分しっかり手入れされているのか絡まり一つない。
 江戸で最期に触れた沖田の髪とにているなと、ふと思ってしまった。

「おや、解けかけていたのか。すまないね」
「いえ。私の方こそ、勝手に触ってしまってすみません」
「いや、気にしないでくれ。……っと、君の方こそ、左手のバンダナが解けかけているよ」

 そう言って、次は大鳥が雪の左手を取りバンダナを結び直した。
 落としきれなかった血が薄っすらと染みになっているバンダナを見ても、大鳥は微笑みを崩さない。

「そのバンダナと首巻き、いつも身につけているね」

 雪は一瞬だけ驚き、首元に触れた。
 白い首巻きは、今日もきちんと首に巻かれている。左手首には、色褪せた藤堂のバンダナが。
 この蝦夷後に移り住むことが決まった日から、欠かさず身に着けるようになったのである。

「よほど大事なものと見える」

 その言葉に、雪は迷いなく頷いた。

「はい。……大切なものですから」

 それだけで充分だった。理由を長々と語る必要はない。
 この布には、守られた記憶がある。
 かつて、無き師匠の教えを忘れぬために、この首巻きに縛られていた人がいた。彼は、雪を助けるために手放したことで、その呪に縛られるのではなく背負うことを決意した。
 かつて、自身が弱いから負った傷を隠すために、このバンダナを額に巻いていた人がいた。彼は、自身を信じきれずにいることを雪に打ち明け、そして自分が選んだ道を進んでいった。
 そんな彼らの想いと覚悟が詰まったこれらを失くすなど考えたこともない。
 大鳥はふっと柔らかく笑い、「そうか」とだけ言った。

「物を大切にするのは良い心がけだ。私も見習うとするよ」

 雪の左手を離した大鳥は、独り言のように言うと雪の横を通り過ぎていく。
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