想いと共に花と散る
 やめて。お願い。返して。お願い。やめて。

「……っあ…………」

 頭の中では彼女を止めるための言葉が浮かぶのに、一つも口にはできなくて。
 焚き火から離れようとしない琴は、見せつけるように白い首巻きを目の高さまで持ち上げた。

「物は、壊れると申しましたわよね」

 白くしなやかな指先が、ゆっくりと開かれた。

「やめて!!」

 雪は駆け出した。手を伸ばして、彼女を止めようとした。
 だが、その瞬間、ひらりと布が宙を舞った。
 朝の光を一瞬だけ受け、白が淡く輝く。
 次の瞬間、炎が呑み込んだ。ぼっ、と音を立てて火が強まる。

「あ……」

 雪は焚き火の前に滑り込むように膝を着いた。
 手を伸ばす。だが、炎は容赦なく布を包み込んでいた。
 白が赤に染まり、すぐに黒へと変わっていく。
 焦げる匂い。ぱちぱちと弾ける音。

「やめて、やめて……っ!」

 雪は、素手のまま火の中へ手を入れようとする。

「雪ちゃん、駄目だ!」

 後ろから大鳥の腕が伸び、雪の脇を抱えて火から遠ざけようとした。
 それでも、止まらない。
 せめて、少しでも、少しだけでも触れたくて。
 指先が布の端に触れた、気がした。だが次の瞬間、形は崩れて灰が舞い上がる。
 熱が皮膚を焼き、痛みが遅れて襲う。それでも、離せない。
 もう一方の手で、琴がバンダナを揺らした。

「こちらも、同じかしら?」
「───……っ! やめてぇっ!!」

 喉から溢れたのは、自分でも初めて聞く耳障りな悲鳴だった。
 怒りでも、強さでもない。ただの、必死な叫び。
 琴は一瞬だけその顔を見つめた。涙に歪み、崩れた表情、絶望に染まる顔。
 それを確かめるように、笑みを浮かべてゆっくりと指を開いた。
 バンダナが、ひらりと舞って炎へ落ちる。
 赤が一瞬にしてバンダナを包んだ。
 端に残った染みが一瞬だけ浮かび上がり、やがて消える。
 ぱち、と小さく爆ぜる音。それが、終わりの合図だった。
 雪の手から、力が抜ける。灰が、風に舞い上がる。黒い粉が、掌に降り積もる。

「……っ……」

 声にならない。
 膝を着いたまま、ただ燃え残りを掻き寄せる。
 指先が黒く汚れていく。けれど、もう布の感触は何処にもない。
 そんな雪の耳元に顔を近づけた琴は、雪にだけ聞こえるように静かに言った。

「奪えば、壊れるのよ」

 その声音は、ひどく穏やかだった。
 背後で、洋館の扉が激しく開く音がする。
 駆け寄る足音が聞こえる。けれど雪の耳には届かない。
 ただ、灰だけが舞っていた。守れなかったものの、残骸のように。
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