冷徹国王の愛娘は本好きの転生幼女~この世の本すべてをインプットできる特別な力で大好きなパパと国を救います!~2

第二章 1+1はわかりますよ

 ヨリックはレオンティーヌの可能性について考えていた。
 レオンティーヌの知識はインプットにより、どんどん向上している。中でも算数の理解力は目を見張るものがある。
 授業が終わるとヨリックは、眉間にシワを寄せて考え込んでいた。それは自室に帰っても続いている。
 次の日にヨリックが向かったのはサミュエルの研究所だった。
「サミュエル様、今日はお時間をとっていただきありがとうございます」
 ヨリックはしっかりと頭を下げた。相手は年上で創薬研究所の所長だ。敬意を示したつもりだった。が、顔を上げたヨリックが見たサミュエルは、何かに怯(おび)えたような顔になっている。
「どうされましたか?」
 あまりにも不審な反応に、ヨリックが聞くと、いつものサミュエルの答えが返ってきた。
「だって、ヨリックさんが私にへりくだった物言いをするなんて、このあとにどんな無茶なことを言われるのか怖くて……」
「そんな無茶振りなどしたことは……。まあ、それは置いといて、お願いしたいことがあるんです」
 無茶振りをしたことはない!と断言しないのは、ヨリックの中では、無茶振りをした記憶が数えきれないほどあったからだ。
「私にお願いって、なんですか?」
 ヨリックがほくそ笑む。
(この所長は、自分の仕事も忙しいだろうに、断らずに聞いてくれるところなど、使いやす……。いや、人がいい)
 ヨリックはサミュエルに感謝していた。
「サミュエル様の人脈の広さを見込んで、ぜひレオンティーヌ様に、数学の家庭教師を紹介していただきたいのです」
「算数ではなくて、数学ですか?」
 確かに三歳児に数を教えるのさえ、まだ早すぎるというのに、それをいきなりの数学を教えるというのだから、さすがに驚かれるだろう。
「ええ、先日そろそろ簡単な算数をお教えしようと問題をお出ししたのですが、足し算も引き算も……」
「すぐにお答えになられたのですね?」
 ここまでなら、いつものレオンティーヌのことなので、サミュエルも想定内のようだ。
「掛け算までも、不思議なリズム付きで、すべて答えられたのですよ」
 普通の掛け算は、2×3=6だが、レオンティーヌは『にさんがろく』と不思議な言い回しで答えるのだ。
「掛け算もですか……」
 ヨリックは目の当たりにしたレオンティーヌの驚異の学力を思い返すと、「これも神のご加護なのか……?」とつぶやきながら首を振った。
 以前、レオンティーヌが色々な問題を解決した時に、『神様のご加護を受けている』と言われていたが、その時ヨリックは半信半疑だったのだ。だが、今はもしかすると本当かも?と思い始めていた。
「もっと難しい分野も、たぶん習得されているようなのですが、私のことを慮(おもんぱか)ってか、解けないふりをされているようなのです。私の教え方では、レオンティーヌ様の能力を引き出しきれないかもしれません。もっと上を目指していただくためには、とにかく私ではダメな気がするのですよ」
 ヨリックが疲れた表情を見せると、サミュエルは同情するように頷(うなず)いている。
「それは、困りましたね。レオンティーヌ様がどこまで理解していらっしゃるのか、わからないですし。そういうことなら数学の家庭教師をつけた方がよさそうですね。お力になれるなら、なってさしあげたいです……」
 ヨリックが顔を上げて、眼(め)鏡(がね)をくいっと上げた。それは、サミュエルが罠にかかった瞬間でもある。ヨリックは腹黒い笑みをサミュエルに向け、さっきまでの憔(しょう)悴(すい)した雰囲気を消し去る。
「ええ、そうなのです! ご理解いただけてよかった。では、早いうちに数学の家庭教師に向いていらっしゃる方をご紹介していただけるものと信じて、お待ちしております」
「え?」
 ハッとしたサミュエルを気にすることなく、ヨリックは颯(さっ)爽(そう)と去るのだった。

 ◇□ ◇□

 ヨリックがサミュエルに数学の先生を紹介してほしいと頼む前に、実はレオンティーヌとヨリックとの間に以下のような心理的攻防があったのだ。

「レオンティーヌ様は数字を理解していらっしゃるので、そろそろ、簡単な算数をお始めになりますか?」
 ヨリックがそんなことを言いだした。
 なんていらないことを言いだすのだと、レオンティーヌは拒否反応で顔がゆがむ。
 実はレオンティーヌ、前世では数学がはっきり言って大嫌いだった。小学生レベルの問題はさすがに解ける。しかし、中学生で学んだ数学などすっかり忘れていた。なので、教えてもらえれば、『ああ、そうだった』となんとか解ける程度である。高校も文系なので、高校一年までなら理解できるかも……程度なのだ。微分積分など、何それ? おいしいの?というレベルだ。
 だから、前世の知識をフルに使ってガンガン数学の問題を解いていこうなど、全く考えてはいない。四則計算ですらできないふうを装い、姑(こ)息(そく)にもその能力を小出しにしていこうと思っていたのだ。

 だが、簡単な足し算の問題をヨリックに出され、つい反射的に答えてしまった。すると、あのヨリックが褒める褒める。
「レオンティーヌ様は、天才でいらっしゃいますか? 計算はインプットのスキルとは関係がないのに、すぐに足し算を答えられるなんて!」
 大の大人なら『1+2』は、なんて問題は答えられて当たり前である。天才でもなんでもないのだが、ヨリックにこれほどべた褒めされると悪い気はしない。
「もしかして、レオンティーヌ様は引き算もおできになれるとか? いやあ、さすがにそれは無理でいらっしゃいますよね?」
 などと言われていい気になったレオンティーヌは、ヨリックが眼鏡を上げたのを見ていたにもかかわらず、引き算もすらすらと解いてしまった。
 そうすると、ヨリックからこれまたびっくりするほどの賞賛の嵐だ!
 もっと褒めて!と、どんどん調子に乗った挙げ句、掛け算なんて、得意げに一から九の段まで一気にすらすらと諳(そら)んじてしまった。
 いつも冷静なヨリックが拍手しながら興奮気味なのを見て、レオンティーヌの勢いは止まらない。
 ハッと我に返ったが、時すでに遅し。中学生の数学レベルまで上がっていた。
 だが、ここでストップさせるのだ!と、レオンティーヌは踏ん張る。といっても、次々に問題を出し続けるヨリックに対し、レオンティーヌは問題が解けないふりをするだけなのだが……。
「嫌いな学科をのんびりやっていこうと思っていたのに、しゃしゅがヨリックしぇんしぇいだわ。こんなにも見抜かれてちまうとは……」
 見抜かれたわけではなく、自爆である。

 このあと、ヨリックから頼まれたサミュエルが、わざわざ自身の学生時代の教授に連絡し、数学の家庭教師を探してくれたのだった。
 新しい数学の先生は現在六十五歳で、有名な数学者だと聞いていたレオンティーヌは、白髪の好々(こうこう)爺(や)を想像していた。
 だが、部屋に入ってきた先生を見て愕(がく)然(ぜん)とする。厳しい眼(まな)差(ざ)しは、最初の頃のヨリックに似ていた。いや、ヨリックよりももっと苛立ちをあらわにしている。
 そして、開口一番、自己紹介でやってくれた。
「私はサウリ・アーベルだ。子供のお遊び程度の先生に呼ばれるほど、まだ腐ってはいない。しかし、現在妻にも先立たれ余暇があり、経済的なことから……コホン、今回特別に引き受けた! ゆえに、王女だろうと私を教授と呼ぶように!」
 レオンティーヌは、ポカーンとしてしまった。唖然とすると本当に口が開くのだ。
 なるほど、余生は長く時間はあるが食い扶持はなく、必要に駆られてということか……と納得する。
 サウリ・アーベルは、教授時代も決して優しい先生ではなかった。数学者としては未解決の数学定理を解決するなどの輝かしい実績をもつのだが、それゆえプライドが恐ろしく高い。教育現場では自分の信念を押し通し、生徒の意見を聞かない。指導者として教育現場ではどこの学校も長続きしなかったという人物である。簡単に紹介するならば偏屈な頑固者といったところだ。
 この頑固者をサミュエルがどうしてレオンティーヌの家庭教師に推したのかは、定かではないが、この先生のせいでサミュエルがヨリックにあとあと絞られることは、想像に難くない。
 授業が始まると、サウリ・アーベルが人の話を聞かないことと、プライドの高さが邪魔をし、全く授業にならなかった。
 というのも、レオンティーヌを赤ちゃん扱いで、簡単な足し算しか教えないのだ。もちろん、レオンティーヌもその方が楽でいいと、当初は思っていたが、あまりにも簡単で時間の無駄だと気がついた。そして、アーベルに意見しようと何度か試みる。
「アーベル教授、わたし足し算はできましゅ。足し算よりも、もっとー」
「黙って聞きなさい! 三歳なのに教授に意見するなんて、嘆かわしい!」
 さすがにこれはない!と思ったがサミュエルの顔を思い出し、むぐぐぐと口をつぐんだ。
 授業中レオンティーヌは、ヨリックとの違いを考えていた。
 まず、ヨリックはレオンティーヌの話を聞いてくれる。
 先日の授業なども、他国の特産物と歴史の本をインプットしたあと、これからどのように諸外国と外交を築くのがよいかを教え、考えさせてくれた。
 いつだってヨリックは、レオンティーヌが大きくなった時に困らないように、諸外国との付き合い方を教え導いてくれる。だが、このアーベルは、王女を教えているというプライドのためだけでここにいる。
 前世の学校生活を合わせても、これほどつまらない授業はない。
 そうなると、算数の授業の日には、自ずとレオンティーヌの元気はなくなってくるのだった。
 今朝の散歩はヨリックも一緒だったが、テンションは上がらず、いつも以上に元気がない。
 ヨリックも何かを感じていたが、それ以上に一緒に歩いていたフウさんが心配して、何度も鼻を押しつけてきた。
 散歩が終わりかけた時、いきなりフウさんがレオンティーヌの服を引っ張り、ふわっと彼女を投げると、なんとそのまま背中に乗せて逃走したのだ。
 慌てたヨリックや侍女があとを追いかけようとするが、ルノさんが翼を広げて邪魔をする。
 見事な連携プレイのおかげで、フウさんとレオンティーヌは追っ手をあっさりと振りきることができた。
「フウしゃん、どうちたのでしゅか? どこかに行きたかったの?」
 背中につかまりながら尋ねたが、「わふ」と吠(ほ)えただけだ。そして、王宮の東で人が少ない場所に来ると、辺りを警戒しながらやっとレオンティーヌを下ろした。
「もしかちて、わたしの元気がなかったから、ここにちゅれてきてくれたのでしゅか?」
「わふ」
 お友だち同士になると、これだけの会話でわかり合えるのだ。
「あのね、フウしゃん。ちょこっとだけ聞いてくれましゅか?」
「わふ」
 レオンティーヌは、安心して話せる友人に一気に話し始めた。
「サミュエルしゃんの立場もあるし、しぇっかく探し出ちてくれた教授だから、おとーしゃまにも相談できないんでしゅよ。本当に困ってましゅ」
「くーん」
 レオンティーヌはフウさんに頬をぺろぺろと舐(な)められると、笑いが漏れた。そして、大きなフウさんの首に腕を回して抱きつく。
「ありがとう、フウしゃん。おかげで元気が出たでしゅ」
 今日はもう授業にはいかない。時にはサボることも必要だし、明日からまた頑張ろうと思い、フウさんと隠れて遊ぶことにした。そうして、疲れ果ていつの間にかフウさんのふわふわな毛に埋もれて、眠ってしまったのだった。
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