冷徹国王の愛娘は本好きの転生幼女~この世の本すべてをインプットできる特別な力で大好きなパパと国を救います!~2
「やっと見つけた……」
 ヨリックがフウさんの毛に埋もれて眠るレオンティーヌを見つけ、抱き上げようと手を伸ばすと、バチッと静電気のような痛みが走った。それまで横になって一緒に眠っているように見えたフウさんが顔を向け、威嚇するように低く唸る。
 ヨリックが手を止めて、改めて鼻筋にシワを寄せて唸るフェンリルを見据えた。
「フウさん、あなたは今までこのようなことをしたことがない。いつだってレオンティーヌ様を守るあなたのことだ。元気のないレオンティーヌ様に気がついて、このような行動をとったのですね?」
 フウさんは唸るのをやめて、じっとヨリックを見ている。まるで何かを訴えているようだった。
「今日、連れ出したことに理由があると……。今日の予定といえば……。なるほど、わかりました」
 レオンティーヌ大好き同士の間に言葉はいらない。二人は頷き合った。
「ここからは任せてください」
 ヨリックが力強く言うと、フウさんも「わふ」と返事をする。ヨリックにはそれが「任せた」と言っているように聞こえたのだった。

 フウさんにあとを託されたヨリックの行動は早かった。まず、サミュエルに突撃である。
「サミュエル様にご紹介いただいたアーベル氏のことで、少々お聞きしたいことがあります!」
 ヨリックが眼鏡を上げた。その瞬間サミュエルは席を立ち研究所から逃走しようとするが、呆気なく捕まる。
「なぜ逃げたのです?」
「理由はないです……。強いて言うなら、あなたが眼鏡を上げたから?」
 まともな理由ではなかったが、本能的には正解であった。このあとヨリックの尋問が始まったのだから。
 サミュエルにアーベルのこれまでのことを根掘り葉掘り聞いたあと、ヨリックはこんこんと説教をする。
 そして、問答無用で次の数学の授業の偵察にサミュエルを付き合わせることにしたのだ。

 三日後、再びレオンティーヌはアーベルの授業を受けていた。その様子を薄く開けた扉からヨリックとサミュエルが隠れて見ている。瞳は死んだ魚のように光がない状態のレオンティーヌと抑揚のない一本調子の説明をするアーベル。そんな二人の様子を見て、どんな授業であるのか、ヨリックとサミュエルには理解できた。
 さらに耳を澄まして中の様子をうかがっていると、聞こえてきたのは、全く意味をなさない授業内容だ。
「リンゴが三個あります。オレンジが二個あります。合わせていくつになりますか?」
 間髪をいれずにレオンティーヌが答えた。
「五個でしゅ」
 この答えに対して、なぜかアーベルが怒る。
「なぜ当てずっぽうに答えるのです? もっと真剣に考えなさい!」
 ヨリックの目が据わり、表情筋がピキピキと音を立てて固まっていく。レオンティーヌの瞳はどんよりとしていて、もう何も映していなかった。ヨリックが歯噛みしながら様子をうかがうと、光の加減のせいかレオンティーヌの腕にある王紋と属性の模様が薄く感じられる。
「あの教師は本当に教える気があるのか? あのようにレオンティーヌ様にガミガミと言うなんて!」
 ヨリックは怒りで言葉が続かない。握りしめた拳が震えている。
「すみません。まさか、あのような授業をしていたなんて……」
 そこに適当に時間をかせぐようにして、指で数えて答えるレオンティーヌの声がした。
「えっと、一、二、……五個」
 中からアーベルの声が再び響いた。
「そうです。わからなければ指で数えなさい!」
 アーベルの言葉の直後、ヨリックは我慢できず扉を力任せにバンッと開けた。
 ヨリックが勢いのままずんずんと部屋に入ると、サミュエルは恐縮しながらも、ヨリックの後ろからついてくる。
「なんなんですか?」
 アーベルの声を無視して、ヨリックはレオンティーヌの前に立つ。
「レオンティーヌ様、先日の授業の続きをいたしましょう。レオンティーヌ様がどこまで理解しているのかチェックしていきますね」
 レオンティーヌの瞳に光が戻り、腕の王紋もいつも通りで、ヨリックは少しホッとする。
「はい! ヨリックしぇんしぇい」
 元気よく返事が返ってきたところで、ヨリックが問題を出した。
「二けたの正の整数があります。十の位の数は一の位の数の四倍で……」
 問題文を聞き終わったレオンティーヌは、書きにくそうにしながらも式を書き、答えを出した。
「はい! 答えは八十二でしゅ」
 これにはアーベルが驚きの声を漏らす。
「ど、どういうことだ? 連立方程式が解けるのか?」
 ヨリックはアーベルに向き直り、嫌みったらしい笑みを見せる。
「ふふふ、あなたの授業ではレオンティーヌ様は足し算もできなかったようですが、私がお教えするともっと難しい問題も答えられそうですね。数学者と聞いていたが、連立方程式も教えられないとは……。いやはや、とんだ時間の無駄でしたね」
 くいっと眼鏡を上げると、反対の手で扉を指差した。
「お帰りはあちらです。レオンティーヌ様は私がお教えしますね」
 満面の黒い笑みの前に、ぞぞっとするレオンティーヌとサミュエル。しかし、いつもならヨリックに怯えているはずのサミュエルが待ったをかけた。
「ヨリックさん、もう一度アーベル教授にチャンスをお願いします。教授は頑固で融通が利かず、生徒の話も聞かずプライドも高いために自分の意見に固執します。それに、授業中だろうとひらめくと何もかもそっちのけで没頭して大学教授もクビになりました。本当にダメな先生です」
 ヨリックとレオンティーヌがアーベルを見ると、項(うな)垂(だ)れて息も絶え絶えになっている。どう考えてもアーベルを弁護しているとは思えない発言だ。
 ヨリックも理解に苦しむ。
「何を言っているのだ? これってアーベル教授をけなしてますよね? 褒めてませんよね?」
「サミュエルしゃんってば、アーベル教授の息の根を止めようとしてましぇんか?」
 二人の声でサミュエルは慌てて弁護する。
「でも、アーベル教授は本当に数学が好きで、難しい質問をすると、嬉しそうにわかるまで真剣に教えてくださったのです。だから、レオンティーヌ様の家庭教師に推薦したのですが……。そのせいでレオンティーヌ様にはつらい思いをさせてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
 昔の教え子が自分の失敗で頭を下げていることに、さすがに申し訳なく思ったのか、アーベル自身も頭を……いや、膝から崩れ落ちた。
「数もわからない赤ちゃんを教えるまでに自分は落ちぶれたのだと、勝手に思い込んでいた。これほど数学の知識があったのに、レオンティーヌ様も訴えられていたというのに……。私のこういうところがダメで大学もクビになったのだ。人の話を聞かず、ずっと人のせいにしていた」
 ヨリック自身はこれほどアーベルが打ちひしがれていても、全く許す気はなかった。
 レオンティーヌが追いつめられてフェンリルにくるまれ、小さくなって眠っていた姿が忘れられないのだ。
 だが、レオンティーヌは頭を下げているサミュエルと泣き崩れているアーベルを交互に見て、何か言いたげにヨリックを上目遣いで見てきた。ヨリックはこの目に弱い。
「レオンティーヌ様が望まれているなら、反対はいたしませんが……」
 ヨリックの言葉を聞いたアーベルはのろのろと立ち上がり、今度はしっかりと頭を下げた。
「これからは、心を入れ替えてお教えします。だから、もう一度機会をいただけないでしょうか?」
 ヨリックはレオンティーヌがこくこくと頷いているのを見て、ため息をついた。許したくはなかったが、レオンティーヌの意思を尊重するしかなさそうだ。しかたないと諦(あきら)めて、アーベルに視線を移す。
「わかりました。しばらくはどんな授業をなさるのか、後ろで見学させていただきますが、それでよろしいですか?」
 アーベルよりも先にサミュエルが頭を下げた。
「ヨリックさん、ありがとう」
 そのあとに、アーベルも深々と頭を下げる。
「もちろんです。ご安心していただけるまでどうぞ、見学してください」
 ホクホク顔のレオンティーヌを見ると、これで満足なようだ。ようやくヨリックも安心して数学を任せられると思えた。だが、これで話を終わらせるわけにはいかない。
 ヨリックはレオンティーヌと目線を合わせるようにしゃがむ。
 どうしたのだろうというように、首を傾けるレオンティーヌに硬い表情で語り出した。
「私に相談するということを、一度もお考えにならなかったのでしょうか?」
「ん?」
 レオンティーヌはわからないのか、緑色の瞳でじっと見つめ返してくる。
「私はあなたの先生です。勉強を教える以外に、困っている生徒に手を差し伸べることも私の大事な仕事だと思っております。私はそんなに頼りにならない先生でしたでしょうか?」
 怒った口調でもなく、ヨリックは優しく問いかけた。だが、レオンティーヌは相談しなかったことでヨリックを傷つけていたのだと悟ったのだろう。瞳に涙が滲(にじ)んだ。
「ヨリックしぇんしぇいを信頼していたのに、相談しなくて……ごめんなしゃい。これからは、じぇったいに相談しましゅ」
「はい、これからは一人で抱え込まず、相談なさってくださいね。もし、私がいなくてもお父上にご相談なさってください。あなたが一人で苦しんでいたと、あとで知る方が皆は悲しむのですから」
 ヨリックは可愛い生徒の涙をハンカチで拭いた。それを見ていたアーベルがなぜか目頭を押さえている。
「私はあなたのような先生を目指します」
 アーベルに言われたヨリックは、少し考えてふっと笑う。
「いえいえ、私はまだまだです。もっと上にフウさんという理解者がいるのですよ」
 そう話した時、遠くのフウさんのくしゃみが聞こえたような気がした。
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