冷徹国王の愛娘は本好きの転生幼女~この世の本すべてをインプットできる特別な力で大好きなパパと国を救います!~
レオンティーヌの前世は二十六歳の女性で、地味で真面目な日本の会社員だった。小さい頃から暇さえあれば図書館に通うほど、とにかく読書好きで、六年生の時には一年間で二百六十冊の本を借りて読んでいた。当然小学校、中学校、高校、大学と学校内の図書館に通いつめ、いつも司書のみんなとは大の仲良しに。
しかし、会社に勤めてからは残業続きで、本を読む時間がとれなかった。だが、八月のある日、書物の神様が助け船を出してくれたのだろうか?というような幸運が訪れる。
ブラックすぎる企業なのに、本社から『年休をとっていない者は、今月中にとりなさい』と指導が入り、夏季休暇と抱き合わせで五日間の休みが取れたのだ。
るんるん気分で、ずっと読みたかった全二十五巻の小説を自宅に買って帰り、外に出なくていいように食料も買い込み、五日間こもる気満々でいた。
……何巻まで読んだのか覚えていない。面白くて眠ることなく読み続け、とうとう目が疲れて眠りに落ちた……というか気絶に近かったのだが、悪いことは重なるもので、なんとその時に停電。真夏の日中にクーラーが止まったのだ。そして起きられないまま熱中症に……。
最後にうっすらと「あの本も……その本も……読み……たか…た……」と一言残していた。
──この異世界の王族に、しかも人生が始まったばかりの赤ちゃんに転生したのは、書物の神様が「今度こそ悔いのないように、この世界の本という本を読み尽くせ!!」との思し召しなのだ。
前世の無念は異世界で晴らせ! そう解釈した彼女はポニッと丸い拳を突き上げる。
だが、皆は赤ちゃんのレオンティーヌにまだ絵本は早いと思っているようで、この部屋には一冊の書物も置いていない。
前世を思い出してからのレオンティーヌは、早く本を読みたい一心で、色々と計画を立てた。
ゴールは〝図書館に行くこと〟だ。ミーナとオルガの世間話からこの王宮には、図書館があるとのこと。これを聞いた日からできることを考えてちまちまと頑張った。
例えば腕力を鍛えるために、バーベル上げ。これは大人から見ればオモチャのガラガラを振り回しているだけに見えるだろう。
しかし、本人はいたって真剣だ。なぜなら、筋肉がないので、ちょっと振っただけですごく疲れ、長くはできない。しかも、すぐに眠たくなる。
だが、鍛え始めて二か月にして、やっとこのベビーベッドから出る機会が訪れた! ずりばいができるようになると、オルガが運動させるためにふかふかの絨(じゅう)毯(たん)に下ろしてくれたのだ。
そこで、懸命に扉に向かう。頑張ったものの、たどり着いた時点でくたくただったので扉の前で挫折。
ここで、くじけるわけにはいかない。奮起し、地道に筋トレを続けた結果、レオンティーヌは見事ハイハイに成功。ハイハイができるようになると、あれほど遠かった扉まではすぐに行けるようになった。人の出入りに合わせて一緒に外へ……。
だが、「あらら、レオンティーヌ様は、このお部屋の中で遊びましょうね」と連れ戻された。
しかし、レオンティーヌはへこたれない。
それから数か月後、日頃の鍛練のおかげか、少々早い九か月で歩けるようになったのだ。
(ふふふ、この時を待っていた。扉も自分で開けられるようになったし。あとはこの建物から出て、この王宮のどこかにあるという図書館に行けば、本を読み放題だ!!)
レオンティーヌは、ミーナたちが忙しく掃除を始めたのを見計らい、そっと扉を開けて廊下に出た。
誰かが来る!
ささっと物陰に隠れ、息を止めた。
(スパイの気分だわ)
前世で見た人気のスパイ映画のテーマ曲が自然と脳内再生。ようやく、この建物の出入り口にたどり着いた。
ここを開けると未知の世界だ!! そう思い、必死で重い扉を押した。
少し開いた!と思ったら一瞬で背後から抱えられ、目の前で扉がパタンと閉まったではないか。
やっとの思いでここまで来たのに、何が起こったのかわからず慌てるレオンティーヌの頭上から乳母の声。
「もう、レオンティーヌ様ったら。この先はとっても危険ですのよ。だから、一人でお外に出てはいけませんよ」
自分では、いたってスムーズな身のこなしでここまで来たと思っていたレオンティーヌだが、実際にはよちよち歩きだ。しかも、前ばかり気にしていたので、レオンティーヌは後ろのことなどちいっとも気づかなかった。しかし、部屋を出た時からオルガとミーナは、微笑ましく見守りながらついてきていたのだ。
(ううう、だって視野が予想以上に狭いんだもん)
こんな訳で、再び本への道は閉ざされたのだった。
だが、書物の神様はレオンティーヌを見捨ててはいなかった。ようやく待望の書物を持った、一人の男性が現れたのだ。
彼の名前はヨリック・マルテンス。二十五歳でレオンティーヌの家庭教師に選ばれた、元王宮図書館の司書である。黒髪で、銀縁の眼鏡(めがね)がきらりと光っていた。
◇□ ◇□
一週間前──。
レオンティーヌの父であり、エールトマンスの国王であるテオドルスが図書館に来ていた。
そんな彼に乳母のオルガが『そろそろレオンティーヌ様は基礎学習をなさるべきなので、家庭教師をつけてほしい』と直(じか)談判していたところ、ヨリックはたまたま通りかかってしまったのだ。
テオドルスは突然ヨリックの方へ歩み寄ると、彼の腕をつかみ『たしか、教員免許を持っていなかったか?』と問いかける。
『昔、取得しましたが……』
『では君がレオンティーヌの家庭教師だ。そういうことでよろしく頼む』
いきなりの決定にオルガは抗議をしていたが、覆(くつがえ)されることはなく、足早に去る国王の後ろ姿を、オルガと一緒にヨリックも見送っていた。
(数分前まで、本を開くと黒い鎧(よろい)の騎士が現れて決闘を申し込まれる物騒な本や、持っているだけでどんどんと血を吸われるといった危ない本の始末をしていたり、またはごく普通に、古くなった書物の入れ換えをどうしようかと考えたりしていたのに、どうしてこうなった?)
嘆くヨリックに、『考えても仕方ないさ。それに奇跡的に王女様が天才になれば、その業績を考慮して元の司書に戻してもらえるかもしれないぞ』と友人は他人(ひと)事(ごと)だと前面に出しながら軽~く慰めてくれる。
だが、ヨリックにとってそんな先まで待たなければならないなど、耐えられない。たった二歳の子がいつになったら文字を覚えられる?
――最低でもあと三年……。
レオンティーヌの家庭教師に選ばれたのはただの偶然で、ヨリック本人はこの仕事を任されたことを納得していない。
「なぜ、私が全くの赤ん坊の家庭教師になどならないといけないのか? 私が王宮の司書になるために、どれほど努力し、勉強したと思っているのか?」
ヨリックが愚痴を言いたくなるのも仕方ない。本当に運が悪かっただけなのだから。
ヨリックは王命に背くわけにもいかず、長い不遇の時期がきてしまったと諦(あきら)めるしかなかった。
しかし、会社に勤めてからは残業続きで、本を読む時間がとれなかった。だが、八月のある日、書物の神様が助け船を出してくれたのだろうか?というような幸運が訪れる。
ブラックすぎる企業なのに、本社から『年休をとっていない者は、今月中にとりなさい』と指導が入り、夏季休暇と抱き合わせで五日間の休みが取れたのだ。
るんるん気分で、ずっと読みたかった全二十五巻の小説を自宅に買って帰り、外に出なくていいように食料も買い込み、五日間こもる気満々でいた。
……何巻まで読んだのか覚えていない。面白くて眠ることなく読み続け、とうとう目が疲れて眠りに落ちた……というか気絶に近かったのだが、悪いことは重なるもので、なんとその時に停電。真夏の日中にクーラーが止まったのだ。そして起きられないまま熱中症に……。
最後にうっすらと「あの本も……その本も……読み……たか…た……」と一言残していた。
──この異世界の王族に、しかも人生が始まったばかりの赤ちゃんに転生したのは、書物の神様が「今度こそ悔いのないように、この世界の本という本を読み尽くせ!!」との思し召しなのだ。
前世の無念は異世界で晴らせ! そう解釈した彼女はポニッと丸い拳を突き上げる。
だが、皆は赤ちゃんのレオンティーヌにまだ絵本は早いと思っているようで、この部屋には一冊の書物も置いていない。
前世を思い出してからのレオンティーヌは、早く本を読みたい一心で、色々と計画を立てた。
ゴールは〝図書館に行くこと〟だ。ミーナとオルガの世間話からこの王宮には、図書館があるとのこと。これを聞いた日からできることを考えてちまちまと頑張った。
例えば腕力を鍛えるために、バーベル上げ。これは大人から見ればオモチャのガラガラを振り回しているだけに見えるだろう。
しかし、本人はいたって真剣だ。なぜなら、筋肉がないので、ちょっと振っただけですごく疲れ、長くはできない。しかも、すぐに眠たくなる。
だが、鍛え始めて二か月にして、やっとこのベビーベッドから出る機会が訪れた! ずりばいができるようになると、オルガが運動させるためにふかふかの絨(じゅう)毯(たん)に下ろしてくれたのだ。
そこで、懸命に扉に向かう。頑張ったものの、たどり着いた時点でくたくただったので扉の前で挫折。
ここで、くじけるわけにはいかない。奮起し、地道に筋トレを続けた結果、レオンティーヌは見事ハイハイに成功。ハイハイができるようになると、あれほど遠かった扉まではすぐに行けるようになった。人の出入りに合わせて一緒に外へ……。
だが、「あらら、レオンティーヌ様は、このお部屋の中で遊びましょうね」と連れ戻された。
しかし、レオンティーヌはへこたれない。
それから数か月後、日頃の鍛練のおかげか、少々早い九か月で歩けるようになったのだ。
(ふふふ、この時を待っていた。扉も自分で開けられるようになったし。あとはこの建物から出て、この王宮のどこかにあるという図書館に行けば、本を読み放題だ!!)
レオンティーヌは、ミーナたちが忙しく掃除を始めたのを見計らい、そっと扉を開けて廊下に出た。
誰かが来る!
ささっと物陰に隠れ、息を止めた。
(スパイの気分だわ)
前世で見た人気のスパイ映画のテーマ曲が自然と脳内再生。ようやく、この建物の出入り口にたどり着いた。
ここを開けると未知の世界だ!! そう思い、必死で重い扉を押した。
少し開いた!と思ったら一瞬で背後から抱えられ、目の前で扉がパタンと閉まったではないか。
やっとの思いでここまで来たのに、何が起こったのかわからず慌てるレオンティーヌの頭上から乳母の声。
「もう、レオンティーヌ様ったら。この先はとっても危険ですのよ。だから、一人でお外に出てはいけませんよ」
自分では、いたってスムーズな身のこなしでここまで来たと思っていたレオンティーヌだが、実際にはよちよち歩きだ。しかも、前ばかり気にしていたので、レオンティーヌは後ろのことなどちいっとも気づかなかった。しかし、部屋を出た時からオルガとミーナは、微笑ましく見守りながらついてきていたのだ。
(ううう、だって視野が予想以上に狭いんだもん)
こんな訳で、再び本への道は閉ざされたのだった。
だが、書物の神様はレオンティーヌを見捨ててはいなかった。ようやく待望の書物を持った、一人の男性が現れたのだ。
彼の名前はヨリック・マルテンス。二十五歳でレオンティーヌの家庭教師に選ばれた、元王宮図書館の司書である。黒髪で、銀縁の眼鏡(めがね)がきらりと光っていた。
◇□ ◇□
一週間前──。
レオンティーヌの父であり、エールトマンスの国王であるテオドルスが図書館に来ていた。
そんな彼に乳母のオルガが『そろそろレオンティーヌ様は基礎学習をなさるべきなので、家庭教師をつけてほしい』と直(じか)談判していたところ、ヨリックはたまたま通りかかってしまったのだ。
テオドルスは突然ヨリックの方へ歩み寄ると、彼の腕をつかみ『たしか、教員免許を持っていなかったか?』と問いかける。
『昔、取得しましたが……』
『では君がレオンティーヌの家庭教師だ。そういうことでよろしく頼む』
いきなりの決定にオルガは抗議をしていたが、覆(くつがえ)されることはなく、足早に去る国王の後ろ姿を、オルガと一緒にヨリックも見送っていた。
(数分前まで、本を開くと黒い鎧(よろい)の騎士が現れて決闘を申し込まれる物騒な本や、持っているだけでどんどんと血を吸われるといった危ない本の始末をしていたり、またはごく普通に、古くなった書物の入れ換えをどうしようかと考えたりしていたのに、どうしてこうなった?)
嘆くヨリックに、『考えても仕方ないさ。それに奇跡的に王女様が天才になれば、その業績を考慮して元の司書に戻してもらえるかもしれないぞ』と友人は他人(ひと)事(ごと)だと前面に出しながら軽~く慰めてくれる。
だが、ヨリックにとってそんな先まで待たなければならないなど、耐えられない。たった二歳の子がいつになったら文字を覚えられる?
――最低でもあと三年……。
レオンティーヌの家庭教師に選ばれたのはただの偶然で、ヨリック本人はこの仕事を任されたことを納得していない。
「なぜ、私が全くの赤ん坊の家庭教師になどならないといけないのか? 私が王宮の司書になるために、どれほど努力し、勉強したと思っているのか?」
ヨリックが愚痴を言いたくなるのも仕方ない。本当に運が悪かっただけなのだから。
ヨリックは王命に背くわけにもいかず、長い不遇の時期がきてしまったと諦(あきら)めるしかなかった。