冷徹国王の愛娘は本好きの転生幼女~この世の本すべてをインプットできる特別な力で大好きなパパと国を救います!~
 レオンティーヌは対面したヨリックの眉間にある、深ーいシワに目をやった。二歳の女の子の保育をする者の態度と顔ではない。ヨリックは難しい顔のまま、神経質そうに眼鏡をくいっと上げ、レオンティーヌに対して低い声で挨拶をする。絶対に子供が嫌いだろうと感じさせる態度だ。
「私が今日からレオンティーヌ王女殿下の家庭教師として主に読み書きの授業を受け持つことになった、ヨリック・マルテンスです」
 ヨリックはよろしくとも言わずに頭を下げた。その下げ方も嫌々で、はっきりと態度に出ていた。
(国王陛下が彼に司書の仕事を辞めさせて、私の家庭教師にさせたと聞いているわ……よほど嫌だったのね……態度に出すのはどうかと思うけど、そうなるのも当然よね)
 申し訳なく思うが、レオンティーヌのせいでもない。
「わたしのしぇんしぇいを引き受けてくれてありがとうごじゃいましゅ」
 キリッ!と表情を引き締めて頭を下げる。
 ヨリックは、ハッとして眉間のシワを緩め、感心したような表情を見せた。こんな小さな子がきちんと挨拶ができるなんて、と少しは見直しているようである。ここに来る前は、王女なんてわがままに育てられて、躾(しつけ)すらされていないと思われていたに違いない。
 挨拶をすませると、ヨリックはさっそく鞄(かばん)から本を取り出し、読み聞かせ専用の台に置いた。
 ヨリックが持ってきた本は、小さな子供が好きそうなイラストが表紙に描かれた絵本である。嫌々ながらもヨリックが二歳児向けの本を選んできたのだと察したレオンティーヌは、彼が図書館の司書らしく真面目な男なのだと思った。
「レオンティーヌ様、持ってきた絵本は絵がいっぱいですので、今日のところは文字を覚えるということよりも、言葉の響きと表現豊かな絵をご覧ください」
「はい! ヨリックしぇんしぇい!」
 やっと文字に触れられるとレオンティーヌは喜びに溢(あふ)れる。
「今日は絵本を持ってきて正解だったな。レオンティーヌ様のあの嬉(うれ)しそうなお顔に、光る目!……え? レオンティーヌ様って瞳の色は深緑ではなかったか? 金色だったか?」
 レオンティーヌにはヨリックのつぶやきが聞き取れなかったが、彼はまるで幻でも見たかのように何度か瞬きを繰り返していた。そんな彼の様子など、本を前にしたレオンティーヌは気がつくはずもなく、目を輝かせて催促する。
「早く絵本を見しぇてくだしゃい!!」
「ああ? あっ、ちょっとお待ちください。眼鏡の調子が悪く、他の眼鏡に替えたいので、このカルタをご覧になっていてください」
 ヨリックが鞄から幼児向けのカルタをレオンティーヌに渡し、ごそごそと鞄の奥にしまってある予備の眼鏡を捜す。
 その間に、レオンティーヌがカルタの入った箱を開けると、すべてのカルタの文字が、金色に光り次々空中に浮かび上がった。それらすべてが金色の糸のように繋(つな)がるとレオンティーヌの頭上に向かう。そして、彼女にふわりと巻きつくようにして螺(ら)旋(せん)を描きながら下りていき、体全体を包み込んだ。するとそれはまるで彼女の体に吸収されるようにしてスッと消えていった。
「ん?」
 レオンティーヌは、今の何?と思ったが、カルタの札を見て驚く。
 なぜかすべての文字が頭の中に記憶されているではないか。
(なんで知っているのかな?)
 この世界では今までに一度も文字を見たことはなかった。なので、当然読めないし意味もわからないはずである。この不思議な状況に首をかしげていたが、眼鏡を見つけたヨリックに瞳を凝視された。
「やはり、緑だな……。眼鏡が悪かったのか……。まあ、それはさておき、レオンティーヌ様、カルタをご覧いただけましたか?」
「はーい! じぇんぶ覚えまちた!!」
「……え? 全部? レオンティーヌ様、嘘(うそ)はいけませんよ。一文字を覚えたのかな?」
 嘘つき呼ばわりに、レオンティーヌは口を蛸(たこ)のように突き出し反論する。
「ほんとだもん!! じゃあ、見ててくだしゃい!」
 ヨリックに信じてもらうためには実際に見せるしかない。レオンティーヌは、カラフルな鳥が描かれたカルタを一枚取り出し、そこに書かれている文字を読んだ。
「『ふ』。ふゆのおおぞら さむさにまけじゅ とんでいく」
 驚くヨリックを尻目に、レオンティーヌは次々とカルタを読み上げ、三十枚すべてを読みきった。
「ま、ま、まさか……レオンティーヌ様は誰かに文字を習っていたのですか?」
「習ってにゃいでしゅ。今日初めて文字を見たんでしゅもん」
「絶対にオルガさんかミーナさんが教えていたに違いない! うん、きっとそうだ!!」
 ヨリックはレオンティーヌの言葉を信じられず、読み聞かせ専用台に置かれていた絵本を鞄にしまい、さらに「こんな幼子にすべての文字をここまで覚えさせるなど、虐待に近い教育の仕方をしていたに違いない!!」と憤って出ていってしまった。
「絵本だけでも置いてってくだしゃーーい」
 扉に向かって叫んでみたがヨリックが帰ってくることはなかった。

 次の日、再びヨリックがやって来た。
「ありぇ? 今日もしぇんしぇいが来る日でしたっけ?」
「昨日は気が動転して、早々に帰ってしまい、申し訳ありませんでした。きちんとした授業をしなかったので、今日は補講というわけです」
 ヨリックは眼鏡をくいっと上げて、神妙な顔をしている。
 ヨリックいわく、昨日、彼は部屋を出たあと、レオンティーヌの教育についてオルガとミーナを責めるように問いつめたが、誰も文字を教えていなかったと判明したという。彼女たちに何度も謝罪して、再び今に至ったわけである。
「今日は、昨日読み聞かせるはずだった絵本を、実際にレオンティーヌ様に読んでいただこうと思っています」
 昨日、実際に文字を読んでみせたが、いまだに半信半疑なヨリックは、確かめようとしていた。
「はーい! 本が読めるならどっちも一緒なので!」
 元気に返事をするレオンティーヌの前に、ヨリックが絵本を掲げて見せる。
 わくわくするレオンティーヌの瞳を見るヨリックの視線の鋭さに、違和感はあるものの、それよりも、目の前の本だ。
「早くページをめくってくだしゃい!」
「あっ、はい、今ページをめくりますね」
 ペラッ……。
 その途端、絵本の文字が金色の糸のように連なり、うねってレオンティーヌの体に吸い込まれていった。
 その間わずか一秒。
(な、何が起きた?)
 一瞬のことでレオンティーヌ自身、何が起こったのか理解できていなかった。だが、その直後、見たこともなかった絵本のストーリーが結末まで頭の中に浮かんできたのだ。つまり、一瞬で読了したことになる。レオンティーヌは昨日も似たような体験をしたが、それとは比べものにならない感覚だった。
 目の前のヨリックも固まって目を見開いたまま動かない。
 彼は目頭を押さえて、おもむろに鞄から目薬を出して両目に差しだした。そして、食い入るように絵本を見つめ、なぜか声に出して、絵本を読み始める。
「トマトのお母さんは、ピーマン君と玉ねぎちゃんを連れて公園にやって来ました。そこで……」
「あの、ヨリックしぇんしぇい。それ、今じぇんぶ読んじゃいまちた!」
 その言葉に反応したヨリックは、ぎっぎっぎと音が聞こえるような、不自然な振り向き方でレオンティーヌを見る。
「……それってさっきの、……光? みたいなので読み終わったってこと……ですか?」
 頷(うなず)くレオンティーヌに、頭を抱えるヨリック。
「あの一瞬でこの絵本を理解しちゃったってことですよね?」
「はい、ヨリックしぇんしぇい、じぇーんぶ理解してましゅ」
 再び頭を抱えるヨリック。
「二歳の子供が『理解』って言葉は使わないんだよ……。やっぱりレオンティーヌ様って他の二歳児と違ったんだぁぁ……それにさっきの金色の瞳と糸のような光の粒ってなんだ?」
 大の大人が頭を抱えて体育座りをしている姿を見て、慰めようとした。
「しぇんしぇいが選んでくれたその絵本、面白かったでしゅよ。玉子のお父しゃんが家族を優しく包むって最後が泣けましゅよね? でも、オムライスが食べづらくなりまちたね」
「あはは、気に入ってもらえてよかった。確かにオムライスは……って違うんだ!! やっぱり最後まで読んでしまったのか、あの一瞬で?」
 慰めは失敗したようで、ヨリックは項(うな)垂(だ)れた頭を、さらに深く垂れている。
「だって、本が開いた瞬間にシュルシュルって頭の中に入ってきたんだもの」
「それって、速読の上の瞬読よりさらに上ですよね。しかもさっきからしゃべっていて思ったけどやっぱり知能は二歳児じゃないですし!」
「まあまあ、しょんなことより、しょうとわかれば、もっとむじゅかしい本を持ってきてくだしゃいよ~」
 可(か)愛(わい)くおねだりしたのに、ヨリックが飛びのいた。
「いやいや、そんなことをしたら、私が勉学を強要したと、虐待を疑われてしまう! しばらく本はおろか授業もなしです!!」
 ヨリックは激しく動揺した様子で瞬く間に教材を鞄に詰めて、部屋を出ていってしまった。
「しょ……しょんなぁぁぁ! しぇんしぇいカムバーック!!」

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