冷徹国王の愛娘は本好きの転生幼女~この世の本すべてをインプットできる特別な力で大好きなパパと国を救います!~

第二章 父と母の物語

 昨年前国王が死去し、十八歳で若き国王になったテオドルス・エールトマンスのもとには、毎日のようにあちこちの貴族から妃(きさき)候補の令嬢たちの情報が届いている。けれど彼は、幼い頃に出会った伯爵令嬢であるライラが大好きだった。
 彼に近づいてくる貴族令嬢たちはみんな、王宮に来ては侍女たちに無理やわがままを言い、高慢な態度で振る舞う。それなのに、テオドルスがいる前では、猫撫(な)で声ですり寄るのだ。
 いつだったか、お茶会に招いた令嬢の一人が、侍女に『紅茶の淹(い)れ方がなっていない』だとか、自分がぶつかったくせに『こぼれたわよ! さっさと拭きなさい!』と怒鳴っているところに出くわしたことがあった。
 だが、テオドルスが席に着くと、お茶を淹れてくれた侍女に向かって『まあ、ありがとう』と言って侍女にまで気遣う私を見て!という感じで、全く違う顔をして礼を言ったのだ。
 うんざりしたが、テオドルスは日頃からそれが令嬢の姿だと思っているため、今さら深く追及する気にもならなかった。
 そんなある日の退屈なお茶会で、いつものように令嬢の話を半分に聞き流しながら過ごしていたら、本好きのライラが、前が見えないくらいに積み上げた本を抱え、外廊下をよろよろと歩いていくのが見えた。
 テオドルスは反射的に席を立ち、「用事を思い出したので、今日はこれで失礼するよ」とさっさとその場を離れる。
「ええー。もう?」
 名残惜しそうにする令嬢たちだが、その後は令嬢同士の罵り合いになるまでがこのお茶会の一連の流れなので、早めに切り上げても問題ない。
「ライラ、またそんなに王宮の図書館で本を借りたのか?」
 テオドルスはライラの持っていた本を、二冊残してあとは全部自分が持った。
「テオドルス殿下が、王宮の図書館に自由に入れる許可書をくださったから、本当に毎日が楽しいです」
 嬉しそうにライラが笑う。テオドルスは。この笑顔を見たくて許可書を渡したのだ。王宮のお茶会に招いても、丁寧な参加辞退の手紙が届き王宮には来てくれない彼女に、どうすれば、自分の近くに来てくれるか考えた末のものだった。
 お互い十歳の頃、テオドルスの婚約者候補を一(いっ)斉(せい)に王宮のガーデンパーティーに招待することがあったが、その時テオドルスが唯一気になった女の子である。
 それから何度も王宮の催しに招いて距離を縮めようとするが、全然うまくいかない。
 それで、ライラの父である伯爵に彼女の好きなものを聞いて、ようやく趣味が読書だと情報を得たのだ。
 それからはひたすら読書を絡めた猛攻を仕掛けた。
 ライラの好きな小説がオペラになったと聞いて、その舞台に誘って一緒に観劇したり、シリーズものの新作が出たと知れば、すぐ侍女に買いに行かせ、ライラに自分は新作を持っていると言ったり、事あるごとに王宮に呼び寄せた。
 その甲(か)斐(い)あって、ようやくライラはテオドルスに屈託ない笑顔を向けてくれるようになったのだ。
 それから四年、さらなる努力を重ね、プロポーズ。
 最初ライラは、返事を渋っていたが、一年と半年かけて何度もお願いした結果、二十四の時にやっとよい返事をもらうことができた。
 それからのテオドルスの行動は早かった。ライラの気が変わらないうちにと、婚約、結婚を大急ぎで進める。
 十歳の時にライラを見て受けた衝撃は初恋であり、あの日から十四年この想いを辛抱強く育んだ集大成だ。どちらかといえば奥手で引っ込み思案なライラを、王宮に誘うことも一苦労だったが、焦らず本当に頑張ったものだと、自画自賛。
 初夜の美しいライラを見たときは、感極まって目頭が熱くなり、その様子に驚いたライラに抱きしめられた、なんてこともあったのだ。
 それからも、溺愛という言葉がぴったりなほど、ライラを大切にした。
 毎朝ライラの「いってらっしゃい」の声を聞くと、出かけるのが嫌になる。王宮内にいようが外にいようが、どんなに仕事が忙しくてもお昼ご飯を一緒に食べる。そして、再び午後からの仕事に出かけるが、一歩外に出ると、またすぐに彼女のもとに帰りたくなる始末。
 とにかく妻に会いたい、妻のそばにいたい!という思いが募り、仕事を終えると飛んで帰ってくる。
 そんな毎日を過ごしていたある日。テオドルスが二十七歳の時だった。
 大事なライラが体調を崩し、テオドルスは心配していた。しかしそれは幸せな、懐妊という知らせだった。
 そして翌年、待望の娘が生まれた。娘が瞳を開けると自分そっくりな深緑色の瞳に、母親譲りのダークブラウンの髪の毛。
 何よりも嬉しかったのは、娘がライラの幼い頃によく似ていたことである。気がかりといえば、生まれた娘の右前腕にある王紋が少し薄いことと、魔法属性と思われる模様が、今までにない未知のものであったということくらいだ。テオドルスにとっては些(さ)末(まつ)なことである。
 ライラとレオンティーヌ。この二つの宝物を守りたいと、テオドルスは強く思ったのだった。

 レオンティーヌが生まれてから三か月、テオドルスはいっそう幸せな日々を過ごしていた。今日もライラがレオンティーヌをあやしながら、仕事のために政務棟に向かうテオドルスを見送ろうと玄関ホールまでやって来た。
「今日も行かなければいけないのか……。仕事に向かうのがこんなにつらいなんて……。今日もなるべく早く帰ってくるからね」
 テオドルスはライラとレオンティーヌの頬に軽くキスをして、名残惜しそうに出かけていった。

 ◇□ ◇□

 侍女たちはあきれながらも微笑ましく見守っている。
「さあ、ライラ様。今日はカイゼル伯爵夫人のお茶会に出席される予定がありますので、急ぎご用意をお願いします」
 オリーブ・カイゼル伯爵夫人は、テオドルスの祖父の姉、つまり国王夫妻の大伯母に当たる人物で、とても気難しい。それゆえ、侍女たちがいつにも増して気合いが入っている。
 お茶会の時、オリーブはいつも珍しい食べ物を用意してくれる。以前ライラがテオドルスにそのことを報告すると、『きっと大伯母はライラを気に入ってくれているんだな』と嬉しそうにしていた。その時ライラは笑顔で返したが、内心、素直に喜ぶことができなかった。
「今日もどのような珍しい食べ物があるのかしら?」
 出かける準備をすませると、ライラが侍女に尋ねた。お茶会で何が出てくるのか見当もつかない彼女の気持ちは沈んでいる。
 実のところ、オリーブは厄介な人で、見たこともない食べ物を侍女に用意させ、その食べ物を前に、戸惑うライラの姿を見ては、『教養のない人は食べ方も知らないのね』と言い放つ悪質な嫌がらせをしていたのだ。
 それを目の当たりにしていたライラの侍女たちは、今日こそはと気合いを入れていた。彼女たちは今日のお茶会でどんなものが用意されていてもいいように、たくさんの書物を読みあさり、ライラの助けになろうと連携していた。
 ライラ自身も多くの本を読んで、少しでもオリーブに納得してもらえるように勉強をしているが、やはり気が重い。しかも今回ライラは、可愛い我が子を置いていくことに後ろ髪を引かれる思いだった。
 ライラはレオンティーヌを抱き上げて頬にキスをすると、名残り惜しそうにオルガに預けた。
「なんだか、テオドルス様が毎朝渋っていらっしゃるお気持ちが理解できましたわ。これほど可愛い王女様と離れるのは寂しいですもの」
「うふふ、レオンティーヌ様が大きくなられて、ご結婚なさる時の陛下のご様子が想像つきますわね」
 そんなふうに侍女に冷やかされ、気持ちを切り換えたライラは、カイゼル邸に向かったのだった。
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