これを恋と呼んでもいいですか?
四話
四話

〇向上拓哉視点 回想

よく利用するコーヒーショップ店にお気に入りの店員がいた。
棘の一つもない、ふわふわした雰囲気とは裏腹に話してみるとはきはきしていて、快活で、真っ直ぐな目を向ける聖のことが
向上はお気に入りだった。

混み合う店内でコーヒーを一つ注文する向上

聖『いつもありがとうございます』
向上『聖ちゃんに会いに来てるんだよ』
聖『私も向上さんに会えてうれしいです』

というまるで百戦錬磨のキャバ嬢のような受け答えを自然とするのに、そこに打算が一切感じられない。
見渡すと、聖目当てに来客している人も多いようで、それは男性だけではないようだ。

向上(聖ちゃんに会うと元気でるんだよなぁ)

訊くと、非常に訳ありの学生のようで他にもいろいろと掛け持ちのアルバイトをしており、今日は特にやつれた様子もあったがそれでも絶対に笑顔を崩すことはなかった。

向上はコーヒーを飲みながら、あることを考えていた。

向上(そういえば、あいつ…家政婦探してたよなぁ)

思い浮かべていたのは親友である久東帆高だった。

帆高は人を全く信用しておらず、特に女性が嫌いだった。
打算的で、自分ではなく久東財閥の”久東帆高”に近づいてくる女性ばかりだったからだ。
人を信用しないその性格は仕事上ではある意味で必要ではあるが、それでは”幸せ”になれないような気がしていた。

向上(友達には幸せになってもらいたいからな)

掴み所のない、何を考えているかわからない向上の顔から笑顔が消える。
向上もまた、帆高ほどではないが、人を信用するのが苦手だった。だからこそ、帆高の気持ちがわかる。


向上「よし、俺から仕掛けてみるか」

駄目ならそれはそれでいい。あの子なら、帆高の冷え切った心を動かしてくれるかもしれない。

いつかは大切な人を見つけて人の温かさに触れてほしいと昔から思っていた向上は聖を紹介することにした。


〇向上視点 現在 会社

仕事最中、ちょうど出先のタイミングで電話がかかってくる。
帆高からだった。

向上はにっと口角を上げて、スマートフォンを耳にやる。

向上「もしもし?どうした?」
帆高「今、大丈夫か?」
向上「もちろん」
帆高「昨日から雇った斎藤聖について、訊きたいことがある」
向上「へぇ、珍しい。人に興味示すなんて」

向上(今までそんなことなんてなかったのに)

帆高「雇い主としては、ある程度の情報は知っておきたい」
向上「一か月限定なのに?」
帆高「そうだ」

向上(本人は気づいてないかもしれないけど、お前が人に興味を示すなんてありえない話なんだよな)

帆高の変化に早速気づいたのは本人ではなく向上の方だった。


向上「で?何が聞きたいの?」
帆高「彼女の家庭環境、それから今やってるバイト先について詳細を」
向上「そんなのさぁ、本人に聞けばよくない?」
帆高「お前が知ってるならそっちの方が手っ取り早い」
向上(どう考えても一緒に暮らしてるんだから本人に聞いた方が早いだろ)
と、内心でツッコミを入れつつも、向上は知っている情報をすべて教えた。

向上「コーヒーショップでもバイトしてるし、家庭教師もしてたね。あとはスーパーの品出しの仕事に、短期のものはもっとやってるよ」
帆高「なるほど。わかった」
向上「あと、彼女の親は確か事故で亡くしてるんだ。ずっと祖母と暮らしてたけど、途中親戚が引き取ったりしてたみたい。で、今祖母は施設にいるみたいだからそれで一人暮らしをしなくてはいなくなったみたいだよ。でも彼女の欠点を一つあげるとするならば、彼女は少し人を信用しすぎなんだよ。俺たちと真逆だ」
帆高「……」
向上「他には?っていってもそれ以外には知ってる情報はないけどね。彼氏がいるとかもわからないし」

これは嘘だった。聖には彼氏はいないとこの間聞いたばかりだった。
聞いたうえで紹介したのだ。

すこしの間のあと、帆高は短く「わかった」と言った。

帆高「ありがとう。すまない、忙しいときに」
向上「帆高の方が忙しいだろ」
帆高「いつもだから慣れた」
向上「そっか」

電話を終えると、工場は意味深に笑う。

もしかすると、想像以上に聖に影響を受けているのかもしれない。
人が嫌いで絶対に信用しない男が、変わるかもしれない。

秘書「どうしたんですか?」

電話後、口元を緩めている向上を見て秘書が聞く。

向上「いいことがあったんだ。私生活でね」
秘書「そうですか、それは良かったです」
向上「ふふ」

向上はスマートフォンをスーツのポケットにしまった。




< 4 / 6 >

この作品をシェア

pagetop