孤独な令嬢と、ある教師の話。

その日から嫌がらせが過激になった。何処から調達したのかネズミの死骸がばら撒かれていたり、玄関に泥水が撒かれていたりと。離れの周囲に生えている草木に火が付けられたこともあった。気づくのが遅かったら離れに燃え移っていた危険があっただろう。流石に父から咎められたのか、火を付けられることはこれ以降なくあっという間に一年が経った。

オリヴィアは一年ぶりに父に呼び出され、本邸へと足を踏み入れる。仕事をしていた使用人が手を止め、近くの者達とヒソヒソと話し始める。

「オリヴィア様よ、よくも堂々と本邸に顔を見せられるわね」

「あの人のせいでエルシアお嬢様が情緒不安定なのに、自分はずっと離れに篭っていい御身分よね」

「婚約者が決まってから落ち着かれたけど…さっさと出ていけば良いのに」

「公爵夫妻も孫はエルシアお嬢様だけっておっしゃってるんでしょ?何処にも行き場がないんじゃない?」

「だから全寮制の学園に入れるのよ。入れた後は縁を切るおつもりなのよ旦那様は」

「エルシアお嬢様、オリヴィア様が同じ敷地内にいること自体耐え難いっておっしゃっていたし、これで落ち着くと良いけれど」

オリヴィアは無表情で使用人達の話を聞いていた。予想通り、父は全寮制の学園に入れることにしたようだ。伯爵家から出られるのなら何でも良い。姉の嫌がらせが最近落ち着いたと思っていたが、婚約者が出来たからなのか。15歳のはずなので婚約者が出来ても不思議ではない。その婚約者の存在が姉の凶行を食い止めているのだとしたら、感謝したい気分だ。とはいえ、過激なものが無くなっただけで依然として嫌がらせは続いている。もう日常の一部になってしまったから、あまり気にならない。

父の執務室に入ると、父は机から顔を上げることなく淡々と言った。

「お前を国境近くの全寮制の学園に入れることにした。学費と生活費は出すが、リーデル伯爵家の人間として扱うつもりは一切ない。卒業まではリーデルの名を使うことは許すが、卒業後うちに関わることは禁ずる。ああ、うちの使用人の付き添いは認めない。お前1人で行くように。話は以上だ」

「承知しました」

オリヴィアはこちらの意見を端から聞くつもりのない父に頭を下げると、執務室を出て行った。1人廊下を歩くオリヴィアは自分を見張るような視線に気づかれないよう小さくため息を吐く。やはりリカを連れて行くことは叶わなかった。オリヴィアがいなくなると自分の侍女だったリカは本邸の方に戻ることになるが、確実に良くない扱いを受ける。特に姉はオリヴィアと近しかったという理由だけで使用人に命じ、リカを孤立させるくらい平気でやりそうだ。まあ、本人は辞める気満々なので要らない心配だろうが。

リカが辞めてしまうと、この邸にオリヴィアの味方は本当に居なくなる。何ならもう帰って来ないつもりで準備をした方が良いかもしれない。長期休みは実家に帰るのが普通だろうが、強制では無い。事情があって帰らない学生も居る。そもそもオリヴィアが入学する予定の学園は王都から離れた田舎にあることから「訳あり」な生徒が多いと専らの噂だ。ならばオリヴィアが悪目立ちすることもないだろう。

離れで待機していたリカに父の決定を告げると「そうですか…仕方ありません。残り少ないですが精一杯お仕えしますね」と寂しがりながらもやる気を見せていた。オリヴィアもリカと会えなくなるのは悲しいのだが、どうにも顔に出ない。自覚しているが表情筋があまり動かないのだ。母が亡くなったあの日、自分の存在が罪だったと明かされ家族だと思っていた人々から憎悪と怒りの感情を向けられて以来、笑ったり、悲しんだりといった感情を表に出すことが上手く出来なくなってしまった。恐らく何らかの防衛本能が働いたのだと思う。喜怒哀楽を表に出すと、より罵倒されるであろうという予感がしていたからだ。だからいつも無表情だ。リカはすっかり慣れているから何も言わないが、オリヴィアと関わることがない本邸の使用人は「澄ましていて偉そう、何様のつもりなのか」と不快感を露わにしていた。

他人を不快にさせるだろうが、かといってヘラヘラと愛想笑いを浮かべることと、どちらがマシなのだろうか。しかし、他人と必要以上に関わらなければ今のままでも特段支障がないことに気づく。リカ以外の人間とまともに会話をしていないオリヴィアは社交性皆無だ。無理に人と関わって失敗するより、初めから関わらない方が良い。魔術師はそういう人が多いと聞く。なら今のままで何の問題もない。

オリヴィアの家族はもう、いないも同然だ。人と関わる時間より、1人で生きて行くために勉強する時間のほうが大事だと己に言い聞かせる。

オリヴィアは殻に閉じこもったまま、学園入学試験の日を迎えた。学園に辿り着くまで馬車で丸一日掛かるため、試験の前の日に出発して防犯がしっかりしている宿に泊まった。リカと護衛騎士が同行してくれた。流石に付き添いも無しに学園に行かせる真似を父がさせなくてほっとした。道中オリヴィアにもし()()あれば、責任を問われるのは父だ。父は自分に万が一にも火の粉が降りかからないように護衛を手配したに過ぎないだろうが、オリヴィアは不安を抱かずに学園に向かえることに安心していた。

学園は周囲を森に囲まれた、人里離れた場所にあった。正門前には試験を受けに来た者達の馬車がずらりと並ぶ。試験の際、付き添いは認められていないのでリカは馬車で待機してもらう。「頑張ってください」と激励の言葉を貰い、馬車から降りる。護衛騎士からは何も言われなかったが、邸の使用人のような不躾な目で見られることはなく、オリヴィアが部屋の外に出る時は必ず付いて来て周囲の警戒を怠らなかった。オリヴィアに付きたがる騎士がいるとは思えないので、父がこのためだけに雇った騎士なのだろう。オリヴィアの事情は一切聞かされなかったのか、聞いた上で普通の態度だったのか分からないが、ただ自分の職務に専念していた。それがオリヴィアの目には新鮮に映ったので、彼には頑張って貰いたいと思った。
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