孤独な令嬢と、ある教師の話。


「あなた!」

「どのような罰でも、死ねと命じるのなら潔く死にましょう。私はお嬢様に拾われました。この命、お嬢様のために使って当然です」

母に盲目的なまでの忠誠を誓っているクロエに感心を通り越して恐ろしさすら抱く。

「クロエのおかげでジョエルとまた会えた。その上オリヴィアまで授かれた、本当に幸せだったわ」

「…本当に、庭師の子とは限らないだろう…」

苦し紛れに父が反応するが、母は鼻で笑い一蹴する。

「間違いなくジョエルとの子よ?万が一にでも疑われないようにあなたとも寝室を共にしていたけど、避妊薬を飲んでいたわ。あなたが寝た後、暫くお手洗いから出てこられなかったのよ?気づいていなかった?」

遠回しに罵倒されても父はもう、怯まなかった。いや、諦めたのかもしれない。

「…君には、罪悪感はないのか」

「罪悪感?何故?わたくしは被害者よ?放置されていたのに貴族としての責務だけ押し付けられ、愛する人と引き裂かれた。好きでもない男との子供を1人産んだ。ほら、役目は果たしたでしょう?なら、好きにしたって問題ないはずでしょう?」

頷いて同意していたのはクロエだけだ。この場にいる全員が言葉を失っている。オリヴィアにも母の主張がおかしいことだと理解出来るのに、母はおかしいと微塵も感じていない。もしかしたら母は父と結婚してからずっと、何処かおかしかったのかもしれない。

祖母は「我が家に平民の血が…」と血走った目でぶつぶつと譫言のように繰り返す。祖父も似たような表情で「うちの娘に手を出すとは…恩を仇で返しおって…」と呟き伯父も「探し出して処分するか…」と恐ろしいことを口にしている。横で聞いているオリヴィアにも緊張が走った。あまり交流のなかった人達だけど、平民を厭っているようだった。母の話では最初はその平民との結婚を許可していたというのに。つまり、母は誰からも期待されず、顧みられなかったということ。結婚したら縁を切られていたに違いない。そして母が自分達の意に反したことをしたと知った途端、これだ。母が病床になければ暴力を振るっていたと、容易に想像出来るほど祖父達は恐ろしい形相をしていた。

「ジョエルを殺すつもり?無駄よ、オリヴィアが産まれてすぐ彼のことは家族共々国外に逃したわ。わたくしの財産の半分を渡して。お金を与えてくれたことだけは、あなたたちに感謝してるわ。手紙のやり取りも辞めてしまったから、彼がどこで何をしてるかはわたくしも知らないわよ?拷問したければすれば良いわ。そんな真似したらわたくしは自分の手で死ぬし、そうしたらあなた達娘殺しの罪人ね!」

あははは、と母は心底楽しそうに笑う。母は万が一ことが露見した場合を考えて、ジョエルを逃がしていた。祖父達がジョエルに何をするか、良く理解していたのだ。結局のところ母の予想は当たっていた。今も逢瀬を重ねていたら、すぐさま探し出されて殺されていただろう。祖父は自分達の目論見が叶わないと悟り、悔しそうに唇を噛む。

「娘として扱わなかったくせに、道具のように扱った報いよ。せいぜいわたくしを恨みながら生き続ければ良いわ…わたくし、あなた達のこと大っ嫌いよ…オリヴィア」

母がオリヴィアに視線を向ける。オリヴィアの身体が恐怖で硬直するが、母は気づかず話しかけてくる。

「あなたはわたくしの大事な子。地獄のような人生の中であなただけが希望だった…大きくなったわね。成長した姿を見られないのは、悲しいけれど…ずっと愛してるわ」

母は話し疲れたのか、言いたいことを全て言って満足したのか眠ってしまった。部屋の空気は凍りついたままだというのに、一切気にしていなかった。母の世界には自分以外存在していないようだった。最後まで母は自分だけの、自分だけが幸せな世界で生き続けていたのだ。

オリヴィアを父達がどんな目で見ているかも気づくことなく。

母はその後、二度と目を覚ますことはなかった。
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