孤独な令嬢と、ある教師の話。
母の葬式はひっそりと行われた。祖父母、伯父も参列していたが一言も話すことなくさっさと帰って行った。全員、オリヴィアに近づきもしない。母が己の所業を暴露して、満足してこの世を去った後オリヴィアを取り巻く世界は変わってしまった。
祖母は取り乱し、オリヴィアに向かって怒鳴った。
「穢らわしい!混ざりものをわたくしの視界に入れないで!」
祖父と伯父はそんな祖母を止めることなく、ゾッとするほど冷たい、かつて母が姉に向けるのとそっくりな目でオリヴィアを睨んだ。恐怖で身が竦む。父に助けを求めようとするが、父もまた同じ。憎悪の籠った目でオリヴィアを見下ろしていた。
「…オリヴィアを、部屋に連れて行け。葬式の日まで決して外に出すな」
オリヴィアはその瞬間、父から見捨てられたことを悟った。姉の方にも視線をやるが、皆と同じ。寧ろ、父や祖父達より恐ろしかった。
(何で私があんな目に遭わなきゃいけなかったの…本当ならあなたが…私と同じ目に遭うべきだったのに)
何も言わずとも姉の憎悪に満ちた目が、表情が雄弁に語っていた。そのままオリヴィアはメイド達によって引きずられるように、元の部屋から同じ敷地内の離れに移された。本邸に来ることは許されなくなった。葬式の日には出してもらえたが、すぐに離れに閉じ込められた。
食事は運ばれる。姉が与えられていたような些末なものではなく、ちゃんとしたもの。母と違い、父はオリヴィアが憎くとも甚振るつもりはないらしい。そのことにホッとする。
オリヴィアには件の手紙を届けることに協力してくれたリカしか付かなくやった。やはり彼女は変わらない。オリヴィアを蔑むことも、必要以上に同情することもない。家庭教師をつけられなくなった代わりに、必要な書物を届けてくれたり父への要望があれば聞いてくれる。父は外に出たいという願い以外は叶えてくれるようだった。
勇気を出してオリヴィアは本邸の様子をリカに尋ねた。リカはあからさまに口籠る。
「聞いても気分が悪くなるだけですよ」
「それでも良いわ」
オリヴィアが引かないと悟ったリカは渋々話し始めた。
「邸内の空気は最悪です。旦那様もエルシアお嬢様も陰鬱と言いますか、兎に角暗いですし使用人はこぞってエルシアお嬢様に媚を売ってます。旦那様は絶対オリヴィアお嬢様を外に出すな、と厳命されてまして。旦那様とエルシアお嬢様は奥様とオリヴィアお嬢様への恨み言を延々と吐き続けてるそうですよ。メイド仲間からの情報です」
オリヴィアの脳裏には母が亡くなった日の姉の表情が蘇る。本来なら虐げられるのは「不貞の子」であるオリヴィアのはずなのに、父の実の娘の自分が何故あれほど恨まれなければいけなかったのか…何故お前だけ母から可愛がられるのか…姉の中に渦巻く激情が伝わって来た時のことの思い出し身震いする。
「これ、私の想像ですけど…本来恨まれるべきは奥様です。でも亡くなってしまったから恨みをぶつけても意味がない。だから旦那様もエルシアお嬢様も、オリヴィアお嬢様にも憎しみをぶつけているのかと」
「そうよね、私は恨まれて当然ね」
「いやいや、お嬢様は何も悪くありませんよ。子供に罪はないんです。1番悪いのは奥様です。まあ、奥様だけが悪いというわけでもないと思います。旦那様も、公爵夫妻も、クロエさんも皆平等に悪いです。実のところ、1ミリだけ奥様に同情しました」
同情した、と言いながらも心からそう思っているようには見えない。辛辣なリカは相手が誰であれ容赦がなかった。父は一目惚れしたからと母を金と引き換えに娶った、祖父は放置していた母を自分達の失態の尻拭いのために無理矢理嫁がせた、母は己の境遇に耐え切れず、かつての恋人と逢瀬を重ねた。クロエは仕える主人が憔悴していくのを見かねて、過ちに手を貸した。皆それぞれに罪がある様に思えたが、父達の様子からすると自らの行いを悔いることはない気がした。悪いのは母で、その母がもう居ない今彼らの恨みをぶつけることが出来るのはオリヴィアだけだ。